つよく、優しく、しなやかに、美しく ・・・「民 際」 と 「共 生・共笑(ともえ)」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

0032 物乞いをする人々 【にしゃんた こらむ】

スリランカでは、物乞いは商売なんです。
人が集るところやったら、何処にでもおる。日本のホームレスとはぜんぜん違います。
だって物乞いさんやのに、幸せに見えたりしますからね。

外国人が街を歩くと、どこからともなく、四・五才のかわいい女の子がついてくる。
誰もが手のひとつも振りたくなるでしょう。
その隙を見逃さず、女の子は手を差し出して、"Give me money , Sir ! (or madam)"
って声をかけてくる。スリランカの物乞いはバイリンガルなんです。

バスの発車待ち時間は、彼らの稼ぎどき。前の扉から乗ってきて、パフォーマンスを披露するんです。歌を歌ったり、かわいい子供を見せたり。ほんで、トークがめっちゃ面白い。抜群の説得力。無駄の無い完璧なスピーチ。気持ちがくすぐられ、乗客は一人残らず、お金を出すことになります。

スリランカでは、仏教思想が社会の細部まで浸透してます。日本の仏教とはぜんぜん違いますわ。日本では坊さんが結婚したり、お酒飲んだり、スポーツカーをかっ飛ばしたりしてるでしょう。スリランカでは、そんなことありえへん。お坊さんは厳しい戒律を守ってます。

結婚しない、そもそも女性には近づかない、肉親との関係も断つ、野菜しか口にしない、などなど。

スリランカの仏教は「他力本願」の要素が強いんです。この思想こそ、物乞いという生活が成立する基盤になってるんですわ。

バスに乗って来はったある物乞いさんの歌を、ぜひ聴いてもらいたい。

「このように恵まれているみなさんの前で、恐れ入ります。私は前世で徳を積まなかったため、不自由な身体になりました。みなさんは前世でたくさんの徳を積んできたので、そのように恵まれているんです。どうか、哀れな私にお恵みを。それは大いなる徳なのです。たくさんの徳を積んで、来世はいま以上に素晴らしい人生を手に入れてください」

こんなふうに歌われたら、誰もがお金に手を伸ばす。恵んであげるのではなく、来世に良い人生を送るための先行投資なんです。
仏教思想と資本主義の、完璧な融合。

物乞いは哀れに見られるだけの存在ではない。ある意味、天使なんです。来世の幸せを約束してくれる、必要不可欠の存在。せやから、スリランカの物乞いは、堂々としている人が多い。1ルピーだけやと、お金を返してくる人さえいます。2ルピー以下は受け付けへん。頂いているというより、貰ってやっている、っちゅうことなんですわ。

スリランカには「物乞い組織」もあります。
メンバーの「上がり」をボスがいったん集めて、それを「給料」として分配する。貧しい母親を装う女性が抱く赤ん坊は、組織から借りた赤の他人やったりするんです。組織同士の競争が激しいから、悲劇も起こります。足に障害のある子供、それは生まれたときに故意に折られたものである場合も。

組織やから、ストライキもおこる。物乞いも労働者なんです。待遇が悪ければ、ストライキも当たり前。だって、ボスが外国の高級車に乗ってる場合もあるんですよ。

スリランカでは失業率が10%を超えます。でも、スリランカの物乞いは、社会の脱落者ではない。確実に、社会のなかで生きている。心配しなくても彼らは逞しい。スリランカは大地が豊かで、自然の恵みがいっぱい。

餓死の心配なんて、ありません。

コメントする

お仕事のご依頼などは...

マネージャー

下中(しもなか)迄

■E-mail■

info@nishan.jp

■電 話■

06-6886-1175

■携帯電話■

090-6670‐1020

■F A X■

06-6886-1176

お問合せフォームはこちら

2011年12月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31