つよく、優しく、しなやかに、美しく ・・・「民 際」 と 「共 生・共笑(ともえ)」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

02 はじめの一歩 【にしゃんた コラム】

最初に日本に来た時は、仲間が他にいててんけども、ニ回目に来たときは一人でしたからね。日本には全然知り合いが、当然のことながら、いないじゃないですか。でも、一回目にボーイスカウトで日本に来たときに、一泊だけホーム・ステイをしたことがあったんですね。
滋賀県の坂本というところ。比叡山の麓にある、青木さんって方のところですけどね。
突然、空港から電話をして、"I am now in the Itami Airport." 「今、僕は伊丹空港に着いてます」って、電話をかけたんですよ。ほしたら迎えに来てくれましてね。急だったのでびっくりしたでしょうね。迷惑やったやろうなー思いますわ。そこの青木さんちで、しばらく泊めてくれたんですね。

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まあ、日本に来た以上、やっぱ、まずは日本語を覚えないといけないじゃないですか。青木さんの紹介で、京都にある日本語学校に通うことに決めたんですけどね。でー、どう行ったらいいかも分らへんし、最初の日は青木のお母さんが連れて行ってくれたんですけどね。
まあ、お母さんって呼ぶには、当時はすごく若い方だったんですけどね。こんなでかいヤツにお母さん呼ばわりされたくなかったかも知れないですけどね。
それはそうとして、学校行くとなったら月謝を払わないといけないじゃないですか。計算してもうたら、半年間の月謝を三括払いにしてもうたら、一回目が9万円やったんですわ。でも僕の手には7万円しかなかったから、青木さんはそこで2万円を貸してくれたんですよ。学校までの定期券も買うてくれてね。ほんま僕ってどこまで人に迷惑掛けたら気が済むんですかねちゅうぐらい、周りの世話になってますわ。
それで、いよいよ、次の日から通学が始まるんですね。今度はもう一人ですわね。まあ、これって僕にとっての日本に来て初めての、単独行動ってことになるんですね。
一人で坂本から京津線に乗って京都に向かう。浜大津ちゅうところで乗り換えるんですけどね、「浜大津で乗換えんねんやで」って青木さんが地図なんかも書いてくれたりしたんですよ。それを、しっかり握り締めて、何十回も確認しもって電車に乗っていましたねー。それはむっちゃ不安やったんですよ。
不安は、ちゃんと学校に辿り付けれるかだけやないですからね。例えば、青木さんに借りたお金をどうしたら返せんにゃろかとか。その次の学費の請求も来るしね。どうやって払えんやとかね。今度、日本語は日本語で難しいから、ちゃんと講義に付いて行けるかとかね。
まあ、不安だらけやったですわ。でもですよ、不安のなかにも、こう、ほのかな期待っちゅうのかな。まあ、言うても、何も失うものはないですから。一歩一歩確実に進むだけしかないですから。夢だけは、もう、一杯一杯でしたからね。こうして、ああして、って。まあ、そのとき電車乗ってて、電車は静かに走るんですけどね。その時の車窓から見えてくる景色っていうのが、琵琶湖だったり、田んぼだったりとね。こうなんか、僕の気持ちを落ち着かせてくれましたね。
しばらく通うと、青木のお母さんに書いてもうた地図が汗で破けたりしてね。その頃には、もう心配しなくても一人でちゃんと通えるようになってて。ほいでね、毎日朝早く、青木さんとか、近所の人とか、駅員さんとかがね「いってらっしゃい!」と見送ってくれましたね。帰りもね「お帰り~」って言うてくれましたわ。「僕はもう日本で一人じゃない!僕にはちゃんと帰るところもあんねん。迎えてくれる人たち、いんねん」ってね。なんかね、嬉しさのあまり、身体に電気が走るような気分でしたね。それが、むっちゃ心強く感じましてね。

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まあ、こんな具合に、元気よく学校に通う毎日が続いたわけですけどね。電車の中で数回出会った人と友達になったりしてね。と言っても挨拶友達ですから。まあ、その時の僕の日本語は、まだ小学生レベルやったしね。でも、学校で勉強したものが実際に社会で使えんやって実感できたのも、この京津電車の中ですわ。
例えばね、しばらく会わへんかった挨拶友達に「お久しぶり」と言われてね。最初はなんのこっちゃ分からんわけですよ。すると、彼女は親切に何回もゆっくり言うてくれるんですね。そうしたら、次の瞬間。僕は大声を出してはしゃいで「なんや、久しぶりかぁ」って。何でこうなるかって言うたら、学校ではまだこの段階で語彙の頭に「お」をつけると、丁寧語になることを教えてくれてへんかったわけです。
そして、しばらくしたら、日本語学校のほうも初級から中級クラスに上がるわけですわ。電車の中でも、わざと、わざとですよ、「俺はもう初級ちゃうでー、中級やでー」って言わんばかりに、見せびらかすように新しいテキストを広げたりして、復習してましたわ。こんなんして自分の日本語の成長ぶりをまったく関係のない周りの人たちにまで、自慢したかったんやろなぁ。
ほいと、初めて雪を見たのも、京津電車の車窓からでしたねぇ。きれいな白い粉が舞い降りて来るわけすよ。隣の座席に座ってはったおばあちゃんに思わず覚えたての京都弁で「すみません、大変失礼いたします。雪どすか?」って聞いたりしてね(笑)。「雪どすえ。寒いでっしゃろう~」って答えてもらったりしてね。まあ、その時のことなんかも忘れられませんね。
 

京津電車は今は、浜大津から京都までの区間はもう路面を走ってへんけど、坂本から浜大津までの区間はまだ昔のまんま。で、僕は今も、何があってもお正月は青木さんちで過ごすことにしてますけど、その時はいつも「京津線で坂本に帰る」っていう気持ちです。
今年のお正月も青木さんちに行くとき、京津線に乗ったら、電車の速度がすんごく遅う感じましてね。昔なんか大きく映っていた車輌なんかも小さあ見えたりしてね。昔に比べて、今の生活が忙しくなったせいかなぁ。でもその空間は何とも言えん心地よさを与えてくれたりしてね。まあ、やんちゃな10代後半の頃、不安とか夢一杯で日本語学校に通うた思い出が、次々と頭の中で映画のワン・シーンように動き出したり...... 。
間違いなく、今度のお正月も、やっぱ青木さんちで過ごす思います。で、京津電車に乗って。きっと、毎年のように来年もたくさんの元気をもうて「今年もがんばるでー」って。はじめの一歩はいつもここからですわ、やっぱ。僕の元気のもとですわ。

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