17 にしゃんたの武士道 その2 【にしゃんた こらむ】
先日、ある空手の試合を見にいったんです。
試合会場独特の緊張感、たまりませんね。
闘う選手はみんな、格好良い。
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最近では外国人の選手も増えてきてましてね。
夢中になって試合を見ていると、後ろからトントンと肩を叩かれたんです。振り返ると、ついさっき試合を終えたばかりの、外国人選手が立ってたんですわ。
何で僕の肩を叩いたのかわからんかってんけど、「お疲れさまでした」とねぎらい、試合の続きを見たかったので前を向いた。すると彼はまたトントンと肩を叩くんです。
「もー。何の用なんや?」
内心むっとしながらも笑顔で振り返りました。
「なんでんねん?」
すると彼は、
「俺、ヨーロッパで空手を二年ぐらい続けているんだよね」ときた。
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「君、空手が好きなの?」と尋ねられたので、「めっちゃ好きやで」と答えたんです。
そしたら、空手のなんたるかを教えんとばかりに、えらい勢いで語り始めたんですわ。僕は彼の話よりも試合が見たかってんけど、すっかりペースにはまって、脱出できへん。
でもすべて英語でっせ。ここでひとつお断りをしておきたいんやけど、僕の思考回路はほとんど日本語に切り替わってましてね。たまに英語で喋ると、脳細胞が疲れてしゃーない。なるべくなら英語は避けたいんですわ。
それでも人の話は丁寧に聞くのがモットー。イングリッシュスピーチのエジキとなり、空手の理論と実践、はたまたその長~い歴史を丁寧にレクチャーしてもらいましたわ。試合が全部終了するまでね。
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「見える? この茶帯。長年稽古した成果なんだよね。君も頑張って茶帯取れよな。それじゃっ!」
そう言い残して、ようやく解放してくれました。主張や自慢話をしっかりする人でしたわ。まぁ、以前は僕もそうやったけどね。
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昔の僕やったら、空手の知識を自慢する彼に、「お前に言われんでも、それぐらい知っとるわ。俺は空手四段の黒帯やぞ!」って言うてもうたと思いますわ。主張すんのが当然やと思てたしね。
でも、今ではすっかり「謙遜する外国人」ですわ。日本には、「能ある鷹は爪を隠す」という格言がある。空手の修行を10年やって、この謙遜する姿勢が身に付いたんでしょうね。
どっちが良いのかは、わかりませんけど。
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右膝の手術の結果、激しい運動は出来へん身体なってしもうた。大好きな空手も、もう自分ではやれません。もっともっと現役で頑張って、空手道を極めたいと思ててんけど・・・。
せやけど、良い先生に出逢えて、十年間も空手を続けられた。ブルース・リーに憧れてたカンフー少年にとっては、かけがえのないことですわ。
今、僕は京都府空手連盟の指導員免許を取得し、試合の審判をしたりして、空手との関係を続けています。
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僕が道場に通いはじめた頃、一緒に遊んだ子どもたちが、今メキメキと力をつけてきているんです。先生も「世界チャンピオンが育ってくれたら」と夢を託してますわ。僕は、強くて心優しい子どもらがたくさん育っているだけで、十分やと思ってるんです。将来が楽しみ!
せやけど、一部の少年たちは、突然ナイフを突き出す。気に入らん! とか、ムカついた!とか言うてね。
武器を使うことは卑怯で格好悪いということ。倒れた人や相手の急所を攻撃してはいけないということ。複数で一人を攻撃してはいけないということ――そんなあたりまえの「空手ルール」を彼らは知らへん。
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空手はその名の通り、何も持たない空っぽの拳をいいます。
「ものを持たないこと。そして謙虚であること。それが本当の強さである」
10年間の修行で得た、最大の教訓ですわ。
人びとがものを持つことで自分を誇示しつづける限り、若者の痛ましい事件も、民族の紛争も、ニュースから消えることはないでしょう。今こそ、「空手」の本当の意味を知ることが必要です。
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僕はいつか先生の許可を得て、空手道場を開きたい。そして先生に教えてもらった「空手」を、小さい子どもたちに伝えていきたい。
押忍。礼。
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