つよく、優しく、しなやかに、美しく ・・・「民 際」 と 「共 生・共笑(ともえ)」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

25 物質文明の迷子 【にしゃんた こらむ】

成田空港に降りたって、はじめて日本の空気に触れた瞬間を、いまでも鮮明に覚えてます。海外から帰ってくる日本人は、醤油の匂いを感じ取るらしいですね。せやけど、スリランカにはそんなもんあらへん。いくら鼻の敏感な僕でも、それがなんの匂いかまでは、わかりませんでした。
空港のロビーに出ると、まずは日本人しかおらへんことにびっくり。しょっぱなからカルチャーショックですわ。
その光景を、口をぽかーんとあけながら見渡していると、つぎに目に入ったのは公衆電話。どういうわけか、おじさんが電話機に向かってお辞儀してはる。
空港まで迎えに来てくれた人も、お辞儀をしながら握手してくれました。真似したら、頭ぶつけましたわ。

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なかでもいちばんの驚きは、やっぱりモノの豊富さでしたね。
喉が乾けば、マシーンでジュースが買える。自動ドアに自動改札、自動券売機……映画でしか見たことないものばっかり。初体験のエスカレーターでは、こけて膝をすりむいたりもしました。
スリランカにいたころ、日本の情報といえば、『おしん』ですわ。古き良き時代の映像ってことはわかってたけど、ここまで物質文明が進んでいるなんて、思いもよらんかったですね。
そんな日本へ、僕は無謀にも所持金わずか7万円でやって来たわけです。そのお金も、家を担保にして両親がつくってくれたもの。
ほれこんだ日本に行ってみたい!っちゅう気持ちを抑えられずに、そんな無茶をしたんですわ。

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ホームステイをした青木さんのお家も、スリランカの一般的な家と比べてひとまわり小さかったけど、やっぱり洗濯機とか自動皿洗い機とか、電化製品がいっぱい。車も3台あったしね。
スリランカ人が喉から手が出るほど欲しがるものばっかりですわ。
昔のスリランカでは、お金持ちの象徴というと、ペットに象を飼っているっちゅうことやったんです。でも、時代とともにそこらへんの感覚も変わってきて、現代ではやっぱり車と電化製品。
みんな見栄なんか横並び意識なんか、海外に出稼ぎにいったりローンを組んだりして、そういうものばっかり買うようになってる。テレビなんか、綺麗にカバーをかけて、毎日手入れをしているんです。洗濯機も、何故かリビングに飾りモノのように置いてあったりして。実際に使うっていうより、見せ物の要素が強いですね。

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ただし、スリランカの裕福な家となるとほんとうに、それはそれは生活に余裕があるわけですよ。お金のない家の子供を預かって、結婚するまで育てたりするんも、よくある話。そういう家は、たとえ10人食べる口が増えたところで、どうってことない。
まして、日本は世界に名だたる経済大国。「何の問題も無く僕の面倒を見てくれるにちがいない……」
そう、所持金7万円でも日本に来れたのは、そんな誤った認識のおかげですわ。
青木さんとは、何回か手紙で連絡を取りあってたけど、僕からは日本での生活費について話をしませんでした。それぐらい何とかしてくれるやろうと僕が勝手に思うてたんです。
いま考えたら、ほんまにメチャクチャやね。
日本の感覚で考えていた青木さんは、留学してくるぐらいやからお金を持ってくるのは当たり前やと思ってた。せやから、逆に生活費の話は、切り出してきませんでした。
ふたを開けてビックリ。日本語学校の学費すら払えへん。青木さんに定期代まで出してもらったんです。
日本の人々は、決して生活に余裕があるわけやない。みなさん朝早くから夜遅くまで、一生懸命に働いてます。肌で感じて初めてわかったんですわ。車3台あっても、家族が一人増えるってことは、大変なことなんや……
青木さん、ほんまにお世話になりました。

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僕の実家も、ポンコツながら車と電化製品がひととおり揃いだしているんですわ。日本にいる僕が、未だに自転車しかもってへんこととか、狭くて陽が差さないアパート生活を最近までしていた、なんて言うても理解してくれへん。むしろ親孝行のために、言わん方がいいかもしれませんね。
「豊かな国・日本で、スリランカの金持ちと同じような生活を送っている、親不孝のどら息子」
そう言うといた方が、親としてはシックリ来るみたいですわ。

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そして、このところの山口県での生活が、そんな僕の心境をよけい複雑にしました。
京都の生活が長い僕は、日本の夜の素晴らしさを知っている。僕はネオンが大好きやし、ネオンがあると寂しさがどこか飛んでいきます。僕が憧れた、物質文明のなかにいるっていう実感がもてるんです。
でも山口には、ネオンなんかほとんどない。蛍が飛び交ってるくらいですから。
おまけに引っ越して早々、お世話になっている先生に、「にしゃんた君。マロニエ会っていう団体があって、広葉樹を増やす運動をしているんだ。君も参加したまえ」って言われまして。
木に興味はないんですけどね。
「先生、木はたくさん生えてるじゃないですか。それより、ネオンを増やしましょう」
……とは、さすがに言えへんかった。
この先生、携帯電話の電波も届かない山奥に住んでいて、農業に精を出している。ほぼ自給自足の生活ですわ。お米は自宅で作り、自家製の小麦粉でパンもつくりはる。そんな生活に惹かれて、日本各地に限らず世界中から大勢の人が先生を尋ねてくるんです。
「農業こそが最先端だ」って言うのが、先生の口癖。都会の生活に疲れた人には、こういう生活はすごく気持ちいいのだそうです。

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その先生、この前も「にしゃんた君、君も農業しないか?」って言うてくれはった。
でもね。よう口には出しませんが、農業やったら、何も山口でせんでもスリランカでできるんですわ。
もちろん、いずれは僕も「にしゃんた米」をつくるかもしれへん。でも、物質文明に憧れて日本に来た僕にとって、その選択肢にたどりつくためには、もう少し悟りを開かないとダメそうです。
本当の豊かさってなんやろう?
車を贈ることで親孝行をしようとしている僕の生きざまは、正しいんやろうか?
……悩みは絶えません。
日本と同じように、脱農業化・工業化を進めているスリランカ。物質文明を思いっきり満喫してひとめぐりしたとき、いったいどうなるんやろう?
やっぱり「農業こそ最先端」って、気づくんやろうか?

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