26 3つの壁 【にしゃんた こらむ】
外国人である僕らが日本で日本人と同じように暮らすには、どないしたらいいんかいな? この前のゴールデンウィーク、独りでそんなことを考えてたんですわ。
僕が思うに、3つですわ。3つの、壁。
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スリランカにいたころ、日本のことと言ったら「おしん」と「おりがみ」のことしかわからん。こんな知識、実際に日本へ来て生活するとなると、何の役にもたちません。
滋賀県坂本の青木さんのお家でしばらくお世話になった後、雄琴の旅館でアルバイトしながら生活することになりましてね。
この時期って、僕にとっては空白の2年間なんです。世の中で何が起こってんのか、まったくわからへん状態でした。
第1の壁、要は言葉の問題ですわ。
当時覚えているのは、湾岸戦争が始まったことぐらい。大学の授業が終わって、校舎の外に出てきたら、連れらが「始まったらしいで」って言うてきたんです。何が始まったんか、ようわからん。世界が全滅するんか、近所のおっさんが喧嘩してんのか、さっぱり。
僕、結構知ったかぶりをするんですよ。カッコツケっちゅーかね。それが災いして、詳しく質問できへんかったんです。
他にも間違えて「浣腸しませんか?」って女性に言ってしまったり。でもね、言葉の問題は、そんな笑い話ばっかりじゃないんです。
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阪神大震災のとき。被災地には、8万人の外国人が住んでいたんですよね。そのなかで、200人ぐらいの人が亡くならはったんですよ。外国から大勢のボランティアさんが集ったんですけど、でも外国人被災者のことはイマイチ認知されへんかった。僕が理事をさせてもらっているNPOがあるんですけどね。ここは被災にあった外国人に、母語で情報を提供していたんです。どこに行ったら食事がもらえんのかとか、電車は動いてんのかとかっていう情報ですわ。
緊急の場合には、言葉が中途半端にわかっても、意味がなかったりするんですね。冗談に聞こえるかも知れへんけど、たとえば「電車は不通です」って日本語のニュースで流れるとするでしょう? その「不通」を「普通」と認識して、駅に集まってきた外国人も実際にいたりしたんです。まあ、それがきっかけになって、サニー・フランシスさんらが頑張ってはる多言語FM放送局なんかができたりしたんですね。
震災の苦しい時期に、大勢の外国人たちが国籍を越えて協力し合ったこと。この経験は後世に残さなあかんと思いますわ。
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第2の壁。それは制度です。僕なんか、ケータイを買おうと思っても、3ヶ月以上ビザが残ってないと売ってもらえないんですよ。僕はいつも4月上旬にビザを更新するんですね。そやから、1月以降にケータイを壊したりしようもんなら、その先3ヶ月、誰とも連絡取れへん。
僕の連れで、ビザを持ってない子がおるんやけどね。この子なんか、健康保険の加入が認められないんですね。日本の医療は馬鹿高いやないですか。病気になっても治療も受けられへん。
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心の壁、ってのが3つ目ですわ。京都市が市内在住の外国人にアンケート調査をしたところ、2人に1人は入居で嫌な思いをしてるらしいんですよ。入居拒否ちゅうんですかね。
僕もあるんですよ。大学の生協に家を探しに行って、気に入ったのがあったんですね。ほいで、その物件の番号を控えて、受付してはるおばちゃんに言いに行ったんですよ。「すいません、○○番の物件をちょっと見せてもらいたいです」ってね。おばちゃん、大家さんに電話かけてくれはったんです。僕はその横で座ってたんですけど、先方の大家さんの声が受話器から聞こえてくるんですわ。
おばちゃん「例の物件空いてますか」
大家「空いてます」
おばちゃん「今から学生さんに行ってもらおうと思っていますけど」
大家「どうぞどうぞ」
おばちゃん「留学生ですけどね」
大家「ええ、ガイジンかいな。困りますわ」
おばちゃん「そうですか。失礼します」
それで電話切って一言。「無理やって」
大家さんも大家さんやけど、おばちゃんもそれはないやろうって感じですわ。ショックやったね。
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まぁ、僕なんか、こんな話はガンガン講演やエッセイのネタにしたりして便利につこてますけど、みんながみんなネタ話にして楽しんでるわけないし、実際多くの連れがキズツケられてますわ。
今日は話がちょいと堅かったかも知れへんけど、まあ、たまにはええでしょ。
山口の夜、独り哲学にふけっている(泣)にしゃんたより。
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