30 スリランカの「泥棒」と大阪で再開 【にしゃんた こらむ】
いまの僕はいっちょまえに社会人なんかやってますけれど、忘れちゃいかんのはこんなになるまで僕を育ててくれた人・人・人……ですわ。
スリランカの小さい村・キャンディーで生まれて、いまは日本で大学の先生。それは、たくさんの人の助けがあって、実現できたことです。
スリランカにも、恩人がたくさんいましてね。日本に来るきっかけをつくってくれた、キャンディー在住のある日本人の方もそのひとりです。
僕らが知っていた唯一の日本人。とても気さくな人でして。みんなの人気者。彼のおかげで、みんなが日本についていい印象を持てたんですわ。そして彼はよく、小さかった僕に日本の言葉を教えてくれたんです。それが後々、役に立つことになるんですけどね。
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当時、僕はボーイスカウトに参加してましてね。あるとき、そのボーイスカウトが費用を一切負担して、代表2人を日本へ連れて行ってくれることになったんですわ。
代表選考の面接試験が行われまして、200人以上の子供らが集まってきました。選ばれるのは2人だけ。厳しい倍率ですわ。
僕は50番目の面接。面接官も疲れていたのか、ろくに話もしないうちに、「帰ってよい」と言われてしまいまして。それでも、僕の方は必死ですわ。たった1分で日本への思いを終わらせるわけにはいかへん……
「僕は日本語ができます!」
次の瞬間、僕はそう叫んでました。
びっくり顔の面接官の前で、その日本人に教わった全ての言葉を、適当に並べてまくし立てた。多分その面接官、日本語はさっぱりやったんでしょうね。僕を代表に選んでくれました。
そのときの経験が、「京都人」として生きていくという、僕の人生の礎になったわけですわ。
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その日本人。本当の名前を知っている人は誰もいない。地元の人たちには「ホラー」という名前で呼ばれていました。「泥棒」って意味ですわ。人気者が何で泥棒やねん、って思うでしょ。それは、彼の不思議な習慣と関係あるんです。
昼間、町で見かける彼は、ものすごい早足。のんびり歩くスリランカ人を、どんどん追い越していく。急いでいる理由は誰にもわからない。
昼間はそんな感じやったけど、朝はもっとひどい。毎日まだ暗いうちに犬が吠えたら、それはホラーやって、みんなわかってた。
彼はなんと、走っていたんです。たった独りで。走る理由は誰にもわからない。スリランカでは、町を走る人は泥棒だけ。しかもまだ暗い明け方の話。自然と、ホラーというニックネームがついたんですわ。
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スリランカでは、泥棒でもない限り、走ったりしない。それは何故かといえば、痩せた人と色黒い人はモテないからなんですわ。
女性も男性も共通してそう。スリランカは常夏の国。食べ物は辛いものが多い。さらに日頃、生活の中でたくさん運動する。たとえば薪割りや薪運び。そんなわけで、太っている人は少ないんです。太っているのは、裕福の証。だからモテる。
スリランカ人には理解できない日本の常識。日本人には理解できないスリランカの常識。そういうのがあるんです。スリランカでは、色白がモテる。暑い国では、肌が焼けて当たり前。色白の人はマレですわ。自然がつくりだしたおもしろい希少価値。希少価値のある人は、モテるんです。僕が初めて日本に来たとき、日本の女性がひとり残らず美人に見えた。色白で、ぽっちゃりしているでしょう。
ぱっちり二重の僕は、日本でよく目が綺麗ですねって言われます。一重まぶたのあなた。スリランカに行って下さい。目が綺麗ですねって誉められるから。変なダイエット食品を食べたり、日焼けサロンに通ってモテようとするくらいなら、僕と一緒にスリランカに行きましょう。パラダイスが待ってまっせ。
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この前、とつぜん僕の携帯が鳴ってね。電話の向こうの男性は「斎藤と申しますけど」って。斎藤さんはたくさん知っているから、「どちらの斎藤さんでしょうか」って、聞いてみた。
「スリランカのキャンディーに住んでいた斎藤です」
……そんな人、聞いたことがない。
あれ? ちょっと待てよ……。
その瞬間やった。
「ホラーです」
……「うっそー!」
ホラーさんて、斎藤さんって言う名前なんや。16年たって、はじめて知った。スリランカの日系企業の駐在員やった斉藤さん、定年退職して故郷の大阪に帰ってきていた。僕が関西にいることを風の噂で知ったらしく、連絡先を調べてくれたんです。懐かしかった。ほんまに、嬉しかった。
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斉藤さんは、おじいちゃんになってました。けど、キャンディーの誰もが愛した「泥棒さん」の面影は、しっかり残っていました。
話を聞くと、いまでも「ジョギング」をしてはるみたい。元気そのものやった。
キャンディーのこととか、日本での生活のことで話に花を咲かせました。もちろん、ホラーの話も。
当時、斉藤さんには糖尿病があったんですって。医者に運動を薦められて、出勤前にジョギングをしていたらしい。毎朝走っていた理由は、これでわかりました。
でも、普段から急いでいた理由は……?
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そしてつい先日。この疑問も解ける日が来た。忙しい大阪の街で、斉藤さんが赤信号を無視して道路を渡っているところを見かけてしまったんです。でも、それは斉藤さんだけやなかった。その場にいた全員が、信号を守ってなかった。
早足のせっかち「ホラー」が生まれ育ったのは、信号が青に変わるのを待たれへん街・大阪やった。斉藤さんの、大阪人としてのアイデンティティーやったんや……
ホラーさんに大阪で再会した日。なんや知らんけど、気持ちよう眠れました。
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