つよく、優しく、しなやかに、美しく ・・・「民 際」 と 「共 生・共笑(ともえ)」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

42 彼女の笑顔のために 【にしゃんた こらむ】

華子(ふぁじゃ)ちゃんは、僕が大好きな女の子のひとり。彼女とはじめて会ったのは、2年ぐらい前、船で500人ぐらいの学生と一緒に、中国へ行ったときのことでした。

僕はその船に「多文化共生論」を教える教員として乗り組んでいました。教員は全員で4人、割と年配の方が多かったからか、どうも僕の講義えらい人気やったらしいです(うぬぼれの僕をお許しください……)。

まわりは偉い先生ばっかりやけど、僕はまだそのとき大学院生。まあ言うたらにわか先生です。自分の知識を学生と分かち合ってた、ってトコですわ。

講義の内容は、「新しい国際化」。なにも外国に行ったり英語を勉強したりするっていうような、日本で一般的に語られる「国際化」じゃないです。むしろ、日本という空間のなかでの多様性を気づかせること。

華子ちゃんとは、その船で出会ったんです。どこにでもいそうな、女の子。もちろん日本語しかしゃべれへん。でも「新しい国際化」っていう僕の講義のテーマとも関係するところがあったから(白状します、すごくカワイイっていうのもありました!)、その船のなかで華子ちゃんは僕にとってすごく気になる存在やった。

だけどたった12日間の船旅、そのうえ全部で600人近いクルー。なかなか話をすることもできませんでしたわ。

下船後、500人の学生たちとお別れ。さびしかったですわ。スタッフや講師陣はばらばらになってまたもとの仕事にもどってるし、学生たちは同窓会だの言いながらしょっちゅう集まってるみたい。僕は中途半端やった、「にわか先生」だけにね。学生で参加したほうがよかったですわ……華子ちゃんからもまったく音沙汰ないし(泣)。

だけどその華子ちゃんから、突然連絡が入りました。短大を卒業した後にハングル語の学校へ通ってて、その学校のゼミ発表で在日外国人のことを話したいと思う、参考になる文献なんかを教えてください、っていう短いメール。

日本で生まれて日本語しか知らない在日韓国人三世の華子ちゃんは、どうやら僕の講義をきっかけに自分のアイデンティティについて考えるようになったみたい。名前も高校までは日本名だったけど、本名を名乗るようになったようです。

裕福な親に大切に育てられた彼女、きっと「ふぁじゃです」って名乗られなければ僕には日本人と区別つかんかったと思いますわ。

気になる存在(!!)ということで、僕なりに精一杯、知ってるだけの情報を彼女に返信しました。ありがとうっていう返事をちょっと期待していた自分もいたのだけど……彼女から次のメールが来たのは、1年くらいしてから。

「韓国に行きます。その前に一度、お話できませんか?」

彼女は、ちょうど下関からフェリーで韓国に行くらしい。でもちょっとばたばたしていた僕はその日、山口にはいなかった。学生にお願いをして、僕の研究室と山口でいちばんおいしい和食屋へ(僕のツケで)案内してあげて、っていうくらいしかできへんかった。

研究室で僕の日本での17年間の生活を綴った本を読んでくれたらしく、
「1日で読みました。韓国に行ってきます」というメモだけが残されてました。

韓国からもメールは何回か送られてきましたよ。親戚に会った、韓国の人に優しくしてもらったっていうような、さりげない発見の数々が綴られたメール。

僕は、そんな報告がたまらなくうれしかった。僕をきっかけに、自分のアイデンティティに気づこうとしている彼女が手に取るように分かったんです。こんな僕がそこに居合わせられることが嬉しかった。そして韓国の濁酒をおみやげに帰ってきた彼女と、京都で会うことになりました。

まっくろに日焼けした彼女は、とてもたくましく僕の目にうつりました。韓国での1ヶ月のひとり旅、すごく良かったみたい。それを機に彼女と何回か会うことになったんです。といっても僕のほうがハングルを教えてもらったり、相談に乗ってもらったり。いつのまにか彼女も「先生」って呼ばなくなって、「にしゃんた」って呼び捨てになってた……

ふたりでよく話をするねんけど、内容はばらばら……っていうかくだらない話ばっかり。
でも最近、彼女がこんなことを言いました。

「実家の近くに政治団体の街宣車がよう通ってて怖いねん」
「なんで」
「日本人が北朝鮮に拉致されてて、そのうえ亡くなってたことがわかったから。私たち在日韓国人も、北朝鮮の政治家とひと括りにされるねん」

在日韓国人として、しっかりと自分のルーツをがんばって見つけようとしている最中の彼女。だけど、いつも笑顔で僕をからかったする華子ちゃんは、そこにいなかった。すごく緊張した面もち……悲しいですわ。彼女には何の責任もないのに。前々からあったことやねんけど、知り合いの在日韓国人の学生がチマチョゴリを切られたり、殴られたりしているらしい。

スリランカのことを考えてみました。スリランカにはいろんな民族が住んでる。日本の新聞やテレビにも、スリランカが年に何回か登場する。それは99.9%、民族紛争の切り口のものですわ。

でもいくつか、間違っているところがあります。ひとつは、年に何回か事件があるかもしれんけど、それを除けばスリランカは平和であるということ。「何人死んだ、大変だ」って言われますけど、日本じゃそれよりはるかに多くの人が、交通事故で亡くなってます。

もうひとつありますわ。それは、スリランカには民族紛争なんてそもそもないってことです。あるとすればそれは、政治家どうしの権力争い。

たしかに、政府軍と少数派のなかの一部過激派が戦争したりしてる。でも普通の生活のなかでは、あまり関係がない。

「民族紛争」じゃなくて、なんらかの「争い」を民族紛争として描こうとする仕掛けがあるんですわ。それによって得する人たちがいますから。それは、ほとんどの場合、政治家です。

昔よくあったんです。スリランカの北部のほうで政府軍がやられたって報道が流れて、ナショナリストを名乗る連中が僕の住んでいたキャンディ市(スリランカ中央部)や南の方のタミル族の家やお店で略奪したり、火をつけたりってこと。でもそのときその裏では、なにか別のことが起こってるんですわ。

日本に来てから10年くらい、僕は日本とスリランカの違いをこう表現してました。
「スリランカは、多民族、多宗教、多言語国家です、日本はみんな単一やけど……」

でも、いまでは言うまでもなく違う、と思います。むしろ日本のほうがスリランカよりも多様化してるんですわ。民族の数も、宗教の数も、母語の数も。日本とスリランカ、どう違うか。それは、その「多様性」を自ら認めているかどうかの違い。スリランカの地域社会は、自分たちの社会は多民族社会なんだ、という認識度が高い。

たとえば、さっき書いたナショナリストの略奪行為があったとき、僕らの親父(僕はスリランカでは多数派のシンハラ族に属しています)とか、地域のシンハラ族の人たちはタミルの人たちの家に集まって、連中がやってきたら追い返したりしてましたよ。

民族は関係ないんです、「それぞれが違う」ことなんて、みんなはじめから分かっているんですから。隣人を守るのは、その地域の役割やからです。

「国家」や「民族」とは関係のない基準を日本の方にもってほしい。地域住民ちゅうか、隣人っていう感覚。そんなんは、ちょっと少ないかなって思ったりするときがある。偉そうに言うてすみませんけど……

ひとつの国にひとつの民族って言いだしたら、現状では230種類しか民族がいなくなりますやん。そもそも、国って概念は、ヨーロッパでつくりだされて、歴史は100年ぐらいのもんでっせ。

たとえスリランカと日本が戦争したって、僕には関係がないぞ。人それぞれ、仕事でそこに赴任していたり、留学していたり、好きでその空間に住んでいたり、なんらかの事情でそこで生活したり……そんなところで国どうしがケンカやって言われても、そんなもん知らんわって言う人が多いん違いますか?

なにかあるたびに緊張しないといけないってことなく、華子ちゃんがいつまでも笑ってられる社会であってほしいと思います。彼女の笑顔が、この社会のすばらしさをはかるためのなによりのバロメーターであるはずです。

僕だってもう、いまさらなにかあったからといってヨソへ行ったりできないですしね。

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