つよく、優しく、しなやかに、美しく ・・・「民 際」 と 「共 生・共笑(ともえ)」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

43 にしゃんた、走る! 【にしゃんた こらむ】

大学の後期日程が始まりました。京都と山口を往復する日々が続きます。

月曜日は講義が無いので、京都でゆっくりしていることが多い。でも、火曜日の講義は朝の8:40スタート。大阪から山口方面の始発は6:00ですわ。それだと、10分ぐらい遅刻する。月曜日の最終の新幹線で戻るべきなんですけど、京都好きの僕には、どうしてもそれができへん。

夜行バスで移動しようかとも思ったけど、さすがに疲れる。もう学生やないからね。降りてスグに教壇に立つのも……。

結局、寝台特急のお世話になる。新幹線よりも5千円UP 。痛いけど、誘惑には勝てん。

山口に朝早く着いても、そこからの足がない。スリランカ生まれの僕が言うのもなんですけど、山口は交通の便が悪いですわ。

学生も慌ただしくてね。講義の途中で帰る人もいる。なんでかっていうと、電車を1本逃せば帰宅が2時間遅くなったりするからね。田舎の学生さんはのんびりしてると思ってたけど、講義の後にお喋りしたりなんてこともできませんわ。残念。

車に乗っても、助手席専門です。日本に来て1年ぐらいしたころ、原チャリの免許を取りに行ったんやけど、落ちました。ひねられた日本語での試験。言葉の壁にぶつかったんですわ。

ペルー人のロベルトさんは、日本の運転免許試験を6回連続で落第。「おれ、馬鹿じゃないよ!」って試験場で大騒ぎしてましたわ。運転技術は問題ないんやけど、筆記試験のおかしな日本語が理解できへん。結局、働いている工場に無理を言うて、1年ごとに国際免許を更新してる。高い旅費を払って、ペルーに帰るんですわ。

実は僕も、国際免許を持ってました。でも、スリランカの試験はアバウトでね。試験官に「日本で生活しています」と言うたのんが、点数高かった。自動車大国の日本に住んでるんやから、運転うまいに決まってる、ってことなんですわ。

そんなんで、運転できるわけが無い。スリランカの田舎の道ならともかく、日本の、しかも京都なんて!……ちびりそうですわ。

結局、車に一回も乗らずじまいで、免許は期限切れ。もうあきらめてます。

そんな僕の移動手段は、やっぱりチャリンコ。でも、チャリを見るだけで吐きそうになった時期もあったんです。チャリだけやなくて、新聞も。そうです。新聞配達の奨学生をしていた大学時代ですわ。朝晩2回チャリを漕いで新聞配達をしてました。新聞とチャリを見るだけで、吐き気がした。いまは大丈夫やけどね。

もうひとつナイショの移動手段。スリランカで小さいときから乗り回していた、バイクです。もちろん、日本では無免許。

嵐山に「油かけ地蔵」ってのがいはるんですけどね。大学時代、近くに住んでたんです。そばには、JRの「油かけ交差点」って踏切があります。

大学一回生やったある日のこと。当時つきあってた彼女が、急に病院に行きたいって言い出した。何故か目が見えへんようになったんです。焦った僕は、2ケツノーヘルでバイクを走らせました。

病院には無事着いたんですけど、帰りは怖かった。捕まっちゃったんです。警察も考えてますね。逃げようのないところを狙うんです。「油かけ交差点」の踏み切りに隠れててね。両側は田んぼです。あえなく止められ、事情聴取。

でもそのときは、見逃してもらったんです。彼女の急用の話だけやなくて、僕が右足首を壊していてギブスを巻いてましてね。何の関係もないんやけど、それも好印象につながった。

実は、同じ場所でもう一回捕まりましてね。それは、大学4回生のころ。そのときは、単に空手部の飲み会で調子にのってただけ。さすがに見逃してもらえず、簡易裁判で5万円罰金の刑に処せられました。スンマセン。

とにかく寝台特急で朝方に山口へ着き、急いで大学に戻らないと間に合わへんからタクシーを捜す。ほんまに探しているときに限って、全然見つかりませんよね。やっとタクシーを見つける。よかったー。一瞬の幸せ。そして、手を挙げる。しかしっ! 幸せを味わえたのも束の間。次の瞬間、どん底が待っていた。

なんと乗車拒否。

狭い道路で手を挙げても、避けて走っていきよる。力がへなへなと抜ける。自分のなかで認めたくない気持ちがこみ上げてくる。大好きな日本でっせ。やるせなく感じた次の瞬間。20メートルぐらい通り過ぎて、タクシーが止まりよったんです。赤信号ですわ。

それを見た僕は、ダッシュで駆けつけ、後ろの窓を叩く。運ちゃんは困った顔をしてドアを開けました。

「県大まで。急いでます!」目的地をまず告げる。そして車が動き出した次の瞬間。

「乗車拒否ちゃうんかっ!」

いままで使ったことのない日本語が飛び出してしまった。運ちゃんはどもり出して、
「すいません。見えなかった」(ウソつけ)

僕にもそれ以上のセリフはない。静かな時間が過ぎていく。

……でも待てよ。このまま降りたんじゃ、運ちゃんとガイジンの関係は変わらん。初めて乗せた外人に違いない僕の責任は大きい。

良い印象を持ってもらわな……大人になる瞬間。

「この暑さいつまで続きますかね」
「もうそろそろですよ」
僕は、ほんの少しだけど確かな手ごたえを感じた。料金を払って、
「おおきに。また頼みますわ」

免許がないことは、どこまでも辛い。連れが僕に会いに山口へ遊びに来てくれた日。見送りぐらいはちゃんとしたい。連れが待つ駅に向かいました。

運が悪いことに、急いでる途中で、恩師にばったり会う。素通りは出来へん。でも、その代償は大きい。連れは一時間に一本の電車で、山口駅を離れていく。義理堅いにしゃんたですわ。せめて、小郡駅でひとこと別れを告げたい。なんとか車を捕まえたいけど、タクシーは影も見えん。

ヒッチハイクしかない! 僕は決意した。
走っている車すべてに、手を挙げる。止まるわけない。みんな、僕の顔をいぶかしげに見ながら走り過ぎて行く。そのとき、あるものが視界に入りました。僕の立っていた交差点は、押しボタン式の信号やったんです。とっさに、ボタンを押しました。当然、赤信号で車が止まります。

最前にとまったのは女性がドライバー。その車は避けて(一応ね)、2台目の男性が乗っている車の窓を叩きました。スマイル&ウィンクしながら手を合わせる。男性はいやな顔をしながら窓を開けてくれました。

「大変申し訳ないです。小郡まで送っていただけませんか」
「日本語うまいね。留学生?」
「いや。一応大学の教員です」
「へえ。英語か何か?」
「国際経済論です」
「へーっ」

話が盛り上がる。中学校の教頭先生らしい。仲良しになることができました。乗ったときに嫌な顔をしてた教頭先生も、丁寧なしゃべり方に切り替わった。サービス精神の塊を自負している僕は、たくさん話し込む。言葉を発するごとに、教頭先生の「僕」という存在に対する興味の方がふくらんでいった気がする。「ガイジン」に対する先入観が簡単に壊れていく。あっという間に、小郡着。

「すみません。ほんま助かりました。いつでも大学に連絡ください。何かあったら、いつでも行かせていただきますさかい」
「ここで良いの? 次の駅まででも送りますよ」

その言葉が、僕の存在意義を教えてくれた気がした。日本の学校で「国際経済論」を教えるのは二の次三の次。ただこの僕が、この社会に居るだけで良い。そんな気がします。

いつか、乗車拒否した運ちゃんが、自家用車で、ヒッチハイクする僕を乗せてくれそうな気がするんです。

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