45 四畳半回想録 【にしゃんた こらむ】
僕の四畳半の生活は長い。ざっと数えて、10年は四畳半暮らしです。結婚するまで四畳半を全うするという、どうでもいい決意をしていた時期もありましたわ。山口の大学から広い官舎を与えられて、あえなく断念しましたけどね。でも、四畳半が長いせいか、いまでも部屋の隅っこで膝を抱えて座り込んでますねん。
四畳半の快楽、抜け出すのは困難です。
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これまでいろんなアパートに住みましたわ。あるアパートに住んでいたときは、ゴキブリがようさん出ましてね。一匹一匹に名前をつけて仲良くなったんやけど、そのせいで彼女にフラれました。
別のアパートは、お隣さんがスゴかった。右隣の部屋には、一日中お経を唱えている人が住んでまして。夜になるとアパートの屋上に登って、空に向かって高々と手を差し伸べるんです。一生懸命お祈りらしき言葉を唱えている姿を、物干し竿のむこうから眺めてたもんですわ。住人たちは、彼に「宇宙人」という安易なニックネームをつけてました。
左隣の部屋は、若い二人が住んでいてね。夜な夜な(っていうか昼も)激しい声が聞こえてくるんです。同じく若い僕は悶々として、嬉しいやら苦しいやら。
そんなふうに四畳半を転々としましたけど、そのなかでも嵐山の原アパートは、いちばん忘れられへん場所ですね。
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原アパートは、僕が新聞配達の奨学生をしていたときに住んでいたんですわ。錆びきって閉まらなくなったボロボロの門に、雑草が生い茂った中庭。そんななかにアパートは建ってました。住民はふたりだけ。大森君と僕。
あ、ごめんなさい。もうひとりいました。アキちゃんです。近所のお寺に捨てられて、雨のなかで震えていたところを拾ってきた、猫ちゃんです。
アキちゃんは淋しさをまぎらわせる最高の同居人でね。一緒に遊んでくれたり、一緒に寝てくれたり。冬には恰好の湯たんぽになってくれたり。ただ、イタズラもきつくてね。蛇を持って帰ってきて、自慢げに見せられたときは、マジで失神してもうた。
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当然、お風呂は無し。共同の洗面台とトイレがあるだけ。洗面台の横にあった棚は、エロ本で一杯やった。ほとんど僕が調達したやつです。新聞配達に行ったときに、ゴミとして出ていたものをかき集めてきたんですわ。大森君と僕の、ささやかな娯楽。掃除に来てくれる大家さんのおばちゃんに見られるのは、恥ずかしかったけどね。やさしいおばちゃんは、散らかっていたエロ本を綺麗に整頓してくれてましたわ。
冬は辛かった。寒くてね。でも、夏は最高。お風呂はなかったけど、庭のホースで水浴びをするんです。替えのパンツを手に、これまたパンツ一丁で降りてきて、庭で水浴びする。その場でパンツを履き替えて部屋に戻る。気持ちええですよ~。
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それでも、京都の暑さは半端じゃない。スリランカの方がよっぽどマシですわ。暑さがピークに達するころには、パンツ一丁も我慢できず、無意識のうちにパンツを脱いで寝てました。朝起きて履いていないのは当たり前。
でも、ひとつ困ったことがありましてね。当然クーラーなんか無いから、部屋の扉は全開で寝るんです。そうすると、何かの勧誘に来たお姉さんに、アラレもない姿をお見せすることになってしまう。
そこで閃きの天才・大森君に学んだ。夏は着ないジャンバーを使って、目張りをつくるんですわ。これが結構いけた。涼しいし、誰かが訪ねてきても、パンツを履く時間くらいは稼げるんです。
でも、一回だけ目張りが役立たないことがありまして。ある日曜日の朝。誰かが目張りの向こうから「こんにちは~」と呼びかけたんですわ。
「誰やねん? ゆっくり寝かせてや」と思いながらも、起き上がる。その日もパンツなんか履いてない。さらに、散らかった部屋にまぎれて、パンツがなかなか見つからへん。「ちょっと待ってくださいね」って言いながら、結局3分近くかかりまして。
ようやく見つけたパンツを履いて、目張りの方に目をやる。そしたら、見られていないはずが……目が合うやないですか!
なんと、相手は子供やったんです。目張りは大人の目線に合わせていて、子供が来るとは想像だにしてなかった。近所の子が、何かのお使いで来てくれたんですわ。その子、驚愕のあまり目が見開いてましてね。微動だにしませんでしたわ。
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その後、僕とアキちゃんは引越しを繰り返しました。そのうち、アキちゃんは僕の彼女の実家に引き取られました。でも、その彼女とは別れてしまって、アキちゃんとも音信不通です。
大森君はいま、どこで何をしてるんやろう?アキちゃん、元気してるかしら?
それに、僕の裸体を見てしまったあのときのお子さん、トラウマになってないよね……?
心から責任を感じています。
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