53 「ありがとう」も「ごめんなさい」も言わない国 【にしゃんた こらむ】
京都にきてまもなく、僕はいまでも忘れられない体験をしたんです。バスに乗っていたときに、和服美人に足を踏まれたんですわ。そこで彼女がひとこと。
「かんにんどすえ」
僕にとって、はじめての京ことば。言葉の抑揚の、なんともいえない雅さ。耳に心地よく響きましたわ。いまでは、若者言葉や流行語に押されて、京ことばを話さはる人も少なくなってますね。残念ですわ。
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まあ、京ことばに限らず、最近は「ありがとう」「ごめんなさい」をきちんと言える若い子が、減ってるような気がしますね。
たとえばスリランカで話されている言葉のひとつ、シンハラ語で「ありがとう」は、「ストゥティー」って言います。英語でいえば
"Thank You" ってやつですね。ちなみに、
"Very Much" をつけるときは、「ボハマ・ストゥティー」ってぐあいになる。
……でも、ちょっと待てよ。スリランカでのいろんな思い出を振り返っても、「ストゥティー」なんて、言ったり言われたりしたことないなぁ……なんで?
実はそもそも、スリランカでは、言葉で「ありがとう」をいう習慣がないんですわ。
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この前、スリランカに行ったとき。汽車に乗っていて、車窓からぼーっと外を眺めてました。そしたら、膝に妙な気配を感じたんです。なんと、向かい側に座ってたおじさんが、僕の膝に置いてあった新聞を、勝手に取ってしまったやないですか! 知らんおっちゃんが、勝手に、ですわ。
これ、日本でやったら大問題(?)ですよね。いまの日本は怖いですからね。下手したら殺人事件にもつながりかねへん。僕も久しぶりに経験したんで、すこしカルチャーショックを受けましたわ。
でもこれ、実はスリランカではあたりまえ。
たとえば、朝のラッシュアワー。バスはハンパじゃないほど混み合います。Foot board (タラップ)にまでたくさんの人がぶら下がって、僕も学生のころは、得意気にやってみたりしたもんですわ。
それで立っている人は、近くに座っている人の膝の上に、自分の手荷物を置くんですよ。それも、ひとこともかけずに。降りるときに返してもらうんですけど、「ありがとう」の言葉なんか、そこには存在しない。
以前、物乞いをする人たちがいるって話をしたけど、彼らも「ありがとう」とは決して言わない。あえて言葉があるとすれば、「あなたにたくさん徳がありますように」って感じですわ。
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さらに言うと、「ごめんなさい」って言葉も、使わへんのがあたりまえなんですわ。人にぶつかっても、足を踏んでも、「ごめん」もなければ「気にしないで」もない。すごいでしょう?
ここまできたら、「どうなってんねん? お前の国!」って、不安になってきますわね。
でもね。スリランカには、言葉の代わりに、優れたコミュニケーションがあるんですわ。それは、「笑顔」です。
「へぇ……」って思ったあなた! 笑顔をナメたらいかんぜよ。笑顔さえ浮かべていればなにも言わなくとも、お互いに気持ちのいい社会。いまの日本と、どっちがいいです?
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パソコンやらケータイやらで、僕たちはコミュニケーションが進んだって思ってますよね。でも、それってホントですかね? バスに乗っていても、小さい画面を凝視しながら、一心不乱にボタンを押す。はっきり言って、あの目は怖いですわ。
まわりにどんな人が座っているかなんて、気にも留めない。目の前の人を忘れて、遠くにいる人と交信している。もちろんそこに、笑顔はない。僕には、コミュニケーションがどんどん退化しているようにしか思えません。
日本がスリランカから学べることって結構あるんちゃうかって、最近思います。
たとえば、スリランカに「シルバーシート」なんて言葉はない。すべてのバスのすべての席が、あたりまえのように、シルバーシートです。
京都に来たとき、座席にわざわざ「シルバーシート」とか書いてあるのを見て、「こんなもんなくしましょうよ。恥ずかしくないですか?」って、京都市に言うたことがあるんです。でもその返答は、こんなんでした。
「にしゃんた君。シルバーシートの利用者からの増設の要望が多くてね。無くすなんてとんでもない」
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なんでも言葉にしないといけない社会は、少し悲しい。僕も日本に来て、笑顔だけでたくさんの難問を乗り越えてきました。日本語が母語ではない僕が、人前でちゃんとしたことを言えなくても、多くの人は「笑顔が最高やで」って言うてくれはります。
コミュニケーションにお疲れのあなた!
いきなりスリランカ方式に切り替えると、事件になっちゃいますけど、少し言葉を減らしてみては?
でもそのときはもちろん、たっぷりの笑顔を忘れずに、ですよ。
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