55 恋するルームメイト 【にしゃんた こらむ】
山口の大学で専任の教員になって、はや1年。全てが手探りでした。学生と一緒に成長していくって感じ。
経済の講義では、いまだ緊張しっぱなし。
一方、教授会で話し合われることには「そんな細かいこと、どーでもえーやん」って思ったり、自由奔放やった学生生活と比べたら、そら窮屈ですわ。
そんな僕にとって、何よりの財産が、学生たちです。
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一緒に食堂でご飯を食べてくれたり、里帰りのお土産に、お母さん手づくりの料理を持ってきてくれたり。「先生、疲れてますねぇ」とか「先生、ちゃんとご飯を食べてますか?」って声をかけてくれるだけでも嬉しいもんです。この子たちと一生付き合っていきたいと思ってますわ。
ただ、悩みもありましてね。僕の大学、学生の9割が女子なんです。交流を深めたいと思うけど、油断すると取り返しのつかない事態になるんちゃうかって、ビビッてますわ。
だって、ときどき僕が男であることを忘れて、研究室のソファでパンツ丸出しにして昼寝したりしとるんですよ。これはツライ。
そんな僕を救ってくれるのが、数少ない男子の存在。ゼミに男の子がいてくれると、ずいぶん助かる。なかでも大切な存在だったのが、韓国からの留学生、ソン君でした。
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ソン君は26才。小柄で、明るい子。日本人の学生と比べると、めちゃくちゃ礼儀正しい。言葉は必ず、「です、ます」の丁寧語。物を受け渡しするときだって、必ず両手を添える。
ちょこちょこ僕を頼ってくれましてね。ケータイがほしいので、保障人になって下さいと頼まれたこともありました。
こころよく申請用紙にサインしたんですけど、どうやら同じ外国人の僕のサインではあかんかったらしい。でも、僕が傷つくと思って、ソン君はそんなこと一切言わへんかった。優しい子でしたわ。
彼の言葉で印象深いのは、「軍隊には行きたくない」ってことでしてね。
「靴磨いたり、戦闘機を磨いたり、馬鹿馬鹿しい。僕は絶対にイヤです」
物腰の柔らかいソン君が、唯一はっきりと意思表明してたことやった。
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ある日、大学から与えられた僕のバカでかい家に、ソン君が遊びにきてくれた。家を見るなり、「先生、僕ここに住んでいいですか?」って聞くじゃないですか。
あまりにも急だったので戸惑っていると、
「バイトがしんどくて、勉強がはかどらない。家賃分だけでも貯金できたら……」
ソン君が夜遅くまでバイトに明け暮れていることを知っていただけに、その言葉を聞いて、ふたつ返事で、「ええよ!」って答えました。広すぎて、どう使ったらえーか分からん部屋がふたつもあったしね。
一応、大学の公舎なんでマズイかなとも思ったんやけど、その辺は勘弁してください。その日から、ソン君は僕のルームメイトになりました。
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家で顔を合わせることは、めったにない。それでも、僕が徹夜で講義の予習をしていると、「先生、一緒に食べませんか」って、韓国のお母さんが送ってくれた美味しいキムチと熱々のご飯を持ってきてくれました。
見ているだけで面白い子やったです。済州島の山間部に生まれ育っているからか、真冬でも薄着。家では、トランクスにランニング、そしてなぜかニット帽。遊びに来た友達に「なんやねん! お前のその格好!」って、ツッコまれてましたわ。
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そんなある日、2~3ヶ月に一度、僕の家で開かれる定例のパーティーがありました。40人近い学生に加えて、知り合いのテレビ局編成局長やら、警察の捜査一課課長やらが駆けつけて、大騒ぎのパーティー。大人と若者の交流が深まる貴重な時間です。もちろん、ソン君も出席。
そうは言っても、朝まで飲み明かす学生たちのパワーに最後まで付き合いきれないのが、大人のつらいところ。深夜1時過ぎに、大人は解散。僕も2階の部屋に引っ込んだ。だけどドアを開けた瞬間、僕は息をのみました。
何と! 僕の布団の中に誰かいるじゃないですか! しかも僕を見てひとこと、「先生、入ってください」。
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でも、よく聞くとそれは男の子の声。ルームメイトの、ソン君やったんです。
「先生、いやですか?」
「(当たり前やろ!)そんな、やめようよ、ソン君……」
「入ってください(ちょっと怒った声)」
「は、はあ。わかりました……」
覚悟をきめた僕は、恐る恐る布団に入る。ふたりで並んで仰向けに寝ました。気まずい時間が流れた後、ソン君が喋りだした。
「先生、僕、Eちゃんのことが好きです」
「……はい?」
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こいつ、いきなり何を言いだすんや。Eちゃんってのは、同じ大学の女子学生でしてね。
「先生、自分でも不思議です。まわりのみんなは、Eちゃんのことを、デブデブって言うけど、僕にはそう見えないんです」
大学に入学した4月から、3ヶ月で15キロも太ったEちゃんのことを、完全に愛しちゃったみたい。これはヤバい。恋愛相談されてしまうぞ!と気づいたときには逃げられなくなってました。
「先生、どうしたらいいですか」
「それは……自分の気持ちをまっすぐ伝えたらどう?」
せっかくパーティーから抜け出してきたのに、ソン君の情熱をぶつけられて、寝るに寝られへん。恋愛相談の夜は更けていきました。
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その結果。ソン君はフラれてしまった。みんなで彼を慰めたけど、ソン君の愛する気持ちが半端じゃなかった。彼は、姿を消してしまったんです。
一週間後、再び僕の前に現れたソン君は、「学校を辞めます」という言葉を残して、韓国に帰ってしまいました。
日本に来た留学生のスケジュールは厳しい。きちんと学業を消化しないと、ビザの延長はない。一年間休学して旅に出るとか、すべてを放りだして大恋愛をするなんて、もってのほかなんです。
僕は、自分が留学生やったころのふたりの親友を思い出しました。フィリピンからきたリー君と、ウクライナからきたシャルコフ君。ふたりとも恋愛がうまく行かず、帰国に追い込まれたんです。
そして、何を隠そうこの僕も、スリランカを出るとき、恋人を残してきたんですわ。彼女は、ずっと待っててくれるって言うてくれたんやけど、忙しさにかまけて、僕が彼女のことを忘れてしまった。留学生にとって、恋愛はホンマに深刻なんです。
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先日、ソン君が京都まで遊びに来てくれました。そして、いつまでも独り者の僕を心配して、僕のまわりの女の子たちに、「にしゃんた先生をよろしくお願いいたします」って、丁寧に挨拶して回ってくれた。
どこまでも優しいソン君、どうもありがとう。もしソン君に新しい恋人ができて、結婚して子供が生まれたりしたら、韓国へ遊びに行きたいです。
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