60 坊ちゃん、スリランカの旅 【にしゃんた こらむ】
久しぶりに、飛行機での国内旅行です。松山空港には講演の依頼者が、車でお迎えに来てくれてました。行き先は、愛媛県の大洲。伊予の小京都と呼ばれる街です。
講演は無事に(?)終了。みなさん、とても親切にしてくれました。その親切につい甘えて、「すみません、道後温泉に行ってみたいです」と、厚かましいお願いを。これまた快く案内してくれたんです。
なぜ道後温泉かって? 実は、「坊ちゃん」に会いたかったんですわ。
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小説「坊ちゃん」は、大学に入学する前に読んだ本なんです。まだ日本語を勉強中だった僕は、びっくりするぐらいの労力を費やしました。もちろん、内容を100%理解できるわけやない。それでも、夢中になって読んだ覚えがあります。
道後温泉の、とある旅館。本館二階のいちばん奥の部屋が「坊ちゃんの部屋」。漱石さんが「坊ちゃん」を執筆した場所です。部屋には、登場人物のモデルになった人たちの写真が、ずらりと並べられてました。
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僕が漱石さんにこだわるんは、「坊ちゃん」を読むのに苦労したというだけではないんです。実は彼、僕の母国のスリランカに行ったことがあるんです。明治33年、イギリス留学に向かう途中に、スリランカのコロンボ港に立ち寄ったんですわ。
その当時、ヨーロッパに行く日本人は、南回りの船旅で、セイロン(昔のスリランカの名前)のゴール港かコロンボ港に寄港するのが通例やったらしい。漱石さんの前にも、岩倉具視の政治使節団も立ち寄ってますわ。大久保利通や伊藤博文など、明治時代のそうそうたる政治家たちが、スリランカの地を踏んではるんです。
そんでね、面白いんは、漱石さん、スリランカでカリーを食べてるんですわ。念のためにもう一回書くと、カレーじゃなくて「カリー」なんです。カリーっていうのは、英語で言うとCurryになりまして、Curryとは「おかず」のことを言うんです。一日三食カレーを食べたら飽きるかもしれないけど、種類が豊富な「カリー」とご飯を食べても、当然飽きることはない。
そうそう、そういえば。スリランカのカリーは辛いって言いますよね。この前、スリランカにある日系企業の駐在員さんが、面白いことを発見したって言うてきたんですわ。彼によると、スリランカのカリーの辛さは、家庭によって全然違うらしいんです。
裕福なおうちは、カリーの種類が多くて、あまり辛くない。反対に、裕福じゃないおうちは、カリーが一品しかないので、たくさんのご飯を平らげるために、思いっきり辛くしている……らしい。そんなこと、僕も全然知らんかった。スリランカ人もびっくり!
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あ、漱石さんの話やったね。それでその、彼が食べたというカリーを再現したお店が、東京にあるんです。そこのマスターが長年の研究で明らか(?)にした、漱石さんがスリランカで食べたカリー。その名は、「鶏肉のマリガトニー」です。マリガトニーとは、胡椒を煮てつくるスープ式のカリーで、それに鶏肉が入っているというわけですわ。
当時マリガトニーは、スリランカを植民地支配していたイギリス人の間で大流行してたらしい。それが後にイギリスに持ち込まれ、だいぶ変な形に変えられて、日本に伝えられたんですわ。
漱石さん、スリランカのカリーをずいぶん気に入ったみたい。彼の小説には、よくカレーライスが登場します。小説「三四郎」のなかでも、次のような下りが。
僕はいつか、あの人に淀見軒でライスカ
リーをご馳走になった。まるで知らないの
に、突然来て君淀見軒へ行こうって、とう
とう引っ張っていって……
それは、漱石さんがスリランカでカリーを食べて7年後のこと。ちょうどカレーが日本社会に浸透した時期って言われてます。ちなみに「三四郎」のなかでは、カレーを食べる道具であるナイフに「肉刀」、フォークに「肉又」という字があてられていて、そこルビが振られています。いまの日本では、もっぱらスプーンですよね。
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カリーの本場、スリランカでは、もっぱら「手」です。そこのあなた! 顔をしかめてませんか? 僕に言わせれば、手で食べるカリーにかなうものはない。ちゅうか、カリーは手で食べるからウマいんです。
漱石さん、スリランカで初めてカリーを食べたとき、どうしはったんやろか?
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