64 やっちゃいました その1 【にしゃんた こらむ】
6月19日。名古屋で講演がありまして、日帰りで京都に戻ってきました。あくる日は朝5時に起きて、山口へ。大学の講義です。授業が終わるれば、京都にとんぼ返り。途中、神戸で降りて用事を片付ける。
ハードスケジュールも、だいぶ慣れてきました。夜は焼き鳥屋でほっと一息……のはずが、なんだか食が細いんです。お酒もビールいっぱいしか飲めない。早々と自宅に引き上げ、その日は眠りにつきました。
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あくる日の朝、起きてはみたものの、体が異常に重い。「風邪や。早めに注射を討ってもらわな。みなさんに迷惑をかけるわけにはいかへん」かかりつけの、青木先生のところに出かけました……
「これは風邪ひきかけだね」と青木先生。薬を処方してもらって点滴を打ちました。
しかし……熱は上がる一方。なんと、40度を越えてしまったんです。ボーっとした頭で、「ほんまに40度なんてあるんやなぁ」なんて、のん気なことを。
翌日は日曜日。青木先生の病院はお休みなので、救急病院に駆け込みました。しかし、最近の病院は、ほんまにいい加減ですね。座薬を渡されて、追い返されてもうた。こっちは自力で立つこともできへんのに……。
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翌月曜日。この日は、友人の若手漫才師との共演の仕事。ステージ上でははじけましたけど、楽屋では動くことすらできへん。熱は、40度のまま。
翌日、もう一度青木先生のところに駆け込んだ。「風邪薬、きかへんな。ちょっとこんだけの熱、気持ち悪いなー」と青木先生。そこで、血液検査をしたんです。
「にしゃんた君。血液検査してよかった。風邪じゃないな。急性肝炎。すぐに入院したほうがええ」
「え? でも、水曜日は講演なんです。全国の公務員さんたちに喋るんですわ……」
「死ぬで!! そんなん、絶対に許可できません!!」
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その日は、一日中、吐き続けました。何も食べてないので、胃液だけ出てくるんですわ。熱のせいで、目も見えない。部屋のなかを転げまわる。
ああ、こんなときに彼女がいてくれたら……
この状況でも、考えているのはそんなこと。
残念ながら、ここらへんの記憶がないんです。入院した病院の内藤先生の話だと、生死にかかわるほど、病状が悪化していたらしい。血液検査の結果、通常は35程度の数値が、4000までいっていた。友人が公務員さん向けの講演をキャンセルしてくれました。
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記憶が戻ったのは翌日。大部屋から個室に移され、一日中、座薬と点滴の日々が続きました。寝ている時間があまりにも長いので、全身が痛い。上向きも、うつ伏せも、左向きも、右向きも、それぞれの中間の角度も、いろんな寝方を試しましたけど、効果なしですわ。連れが、自宅から『NASAが開発した安眠枕』を持ってきてくれました。
そうそう、その連れは横を通る看護婦さんを捕まえて、「すみません! にしゃんた、顔色が悪いです」って言うてくれたんです。
でも看護婦さんの答えは、「え……、わからへんけど……」。
連れも「……ほんまや。わからんな」
もともと顔が黒いと、意外なところで苦労します。
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それから10日間、同じような日々が続いた。何も食べられない。おしっこは黒茶色。体重は、7キロも落ちた。
しばらくしたら、正式病名がわかりました。A型肝炎。アフリカに詳しい、安渓さんが面会に来て「アフリカでは、パパイヤを2個食べたら治るって言われたけどね。スリランカではどうや?」。
そういえば、親と半年ぐらい喋っていない。電話をかけました。おかんが出てくれました。
「ママ ニシャーンタ カターカランネー(もしもし、にしゃんたですけど)」
「ポッダック Liver エカ Upset ウェラー(最近ちょっと肝臓が悪くなって)」
「パリッサンウエンダ(気つけやー)」
「ナワチンナン(さよなら)」
なんか、さみしい……。すると、5分もたたないうちに、おかんから電話が!
「Hello」
「オヤー Liver エカネーダ ホダネッテ。ボンダボンダー。エトコタ ホダウェイ(肝臓だったら、もっと呑みなさいよ。そしてら治るから)」
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慰めてくれんのかと思ったら、嫌味たっぷりのこの電話! 今回は、お酒とは関係のない病気やのに……。僕には、理解者なんていないんだ! 寂しさが募りました。
(つづく)
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