67 運転免許が欲しくて 【にしゃんた こらむ】
18歳になったころ、僕がいちばん欲しかったのが運転免許証です。今年で34歳。いまだ運転することはできません。助手席、またはタクシー専門。最近はチャリンコすらパンクして、もっぱら歩きですわ。
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大学に入って、アルバイトで新聞配達をするようになってから、新聞屋さんの所長に言われて、原チャリの免許を取りに行ったことがあるんです。
その当時はまだまだ日本語を使いこなせない。連れにもらった自動車教習所の試験問題集を開いて、絶句しましたわ。そこに書かれてるのは、これでもかっ!!っていうくらい、ひねりにひねった日本語。何が言いたいんか、まったく理解できへん。
仕方なく、得意の運だのみで会場に。四択(五択やったかも)の試験に、目をつぶって挑戦。もちろん、あえなく不合格。でも後で点数を教えてもらうと、なんと合格まであと2点やったんです。
なんやそんなもんかと、得意のなめてかかった態度で、1か月後に再挑戦。相変わらず試験問題の日本語は理解不能なので、運だのみに変わりはなく、今度は合格までの点差が5点に広がってました。この時点で、日本での免許取得はあきらめたんです。
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僕には自前の足があるさ! 今日も歩こう! なんて、自分を誤魔化して日々を過ごしていたころ。友人のロベルトさんが、仕事を休んでペルーに帰るって言い出した。なんでやねん?って聞くと、なんと運転免許の更新らしい。「なんで免許の更新に、ペルーに帰らなあかんねん?」と聞くと、無口なロベルトさんが愚痴りだした。
「日本では免許が取れん。俺がアホやからとちゃうで。試験問題の日本語がおかしいんや。あんなの人間の言葉やないで。しゃーないから、国際免許で運転しとんねん。更新のために高い旅費払って、ペルーに帰らなあかん。ほんま、おかしな国やで。日本は」
国際免許書の期限は1年。今年もロベルトさんは更新のために帰国するらしいです。
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毎年、免許の更新のために帰国するのは大変です。ところがその話を聞いて、運転免許欲しい!って気持ちが再燃しまして。帰省したとき、スリランカの免許取得に挑戦してみたんです。
教習所で値段を聞くと、2000ルピー。すなわち4000円ぐらい。日本だと教習所に行って免許取るときは、年齢×1万円が必要やっていわれてます。要するに、25歳だったら25万円、35歳だったら35万円。それ考えたら、めちゃくちゃ安い。
その日から、僕の教習所通いが始まりました。「こんな車、走れるん?」っていうような、アンティークな車を使って練習です。
恐る恐る運転席に乗り込む僕。するとタバコをくわえた教官が、「ほな、道にでよか」「……えっ? 今日、初めてなんですけど」
日本では、少なくとも何週間かは、練習用の道路で走りますやん。スリランカでは、そんなもんあらへん。途中は省略。いきなり本番です。
ちなみに、ここで運転できたら、世界中どこでも運転できると言われているほど、スリランカは運転の荒い国なんです。細い道に車が殺到する。信号は都会の一部にしかない。交差点のど真ん中に建物がある。走っている車も、日本の基準では廃車寸前のものばかり。ギアが片手では変えられへんほど固い。
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冷や汗ものの教習も、1日1時間。わずか3日で終了。英語で筆記試験を受けて、最後に実技の試験です。僕の3時間の特訓成果を見るべく、強面の試験官が乗ってきて、ひとこと。「はい、前に出して」
得意の神頼みもうまくいって、僕の車はエンストもせずに無事発進。そこで、試験管からの質問。
「何してんの?」
「大学生ですわ」
「どこの大学?」
「日本の大学ですねん」
「はい、合格」
「……へ?」
200メートルも走ってないのに、試験管は車を降りて去っていった。スリランカで走っている車は、ほとんど日本の中古車なんで、日本の大学に通っていると聞いただけで、合格にしてくれたみたいですわ。いいんかいな?
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数日後、僕の手元に、国際免許書が届きました。しかし、どう考えても、運転技能が身についたとは思えない。日本で運転するなんて、とても無理。そんなわけで、めでたく僕は、珍しい「インターナショナル・ペーパードライバー」になりました。
偏見ではあるが運転免許の学科試験の問題作ってる人って頭悪そうなイメージがある
おもろい!!!