82 地域通貨 【にしゃんた こらむ】
京都はほんまに水が豊富やと思う。家の近所でも、鴨川、みそそぎ川、高瀬川。三条から四条の間は若者が集うので賑やかですが、高瀬川沿いは静かで趣のあるコースです。桜の咲く時期の散歩コースは、無意識のうちに高瀬川になってしまう。
高瀬川は、近世の京都の経済を支えてきました。川を使って、「高瀬船」が物資を運んだんですわ。当時の船はいま、高瀬川の源流近くにある一之船入りに展示してあります。船による混雑を避けるため、高瀬川は一方通行制をとってました。午前は京都へ運び入れる上がり便、午後は京都から運び出す下がり便。下がりは良いけど、上がりは大変。舟につけられた縄を、何人もの曳き子さんが、「船頭道」と呼ばれる川沿いの道を引っ張っていったらしい。当時の京都の名物風景やったんやろうなぁと思いますわ。
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高瀬川をしばらく下がっていくと、東九条、京都駅の南側に出ます。その昔、皮革産業が盛んだったらしく、いまでもその名残はあちこち見られます。僕が通っていた大学がその近所にあったってこともあって、指導教授の先生たちが、「地域学問」を学びによく連れられて行ってくれたものですわ。それはそれはたくさんのことを学びました。
そこには、西洋風っていうか、とにかく日本家屋離れした素敵な二階建ての建物があります。もともとこの近くにあって、移築したものだそうです。看板には「柳原銀行」っていう文字が。1899年に地域の有志たちによって同和地区に設立された銀行です。
資金繰りで困っていた皮革業者らに融資をし、産業の育成や振興に力を注ぎました。利益は、地元の子供たちのための学校資金とか道路建設資金にしたらしい。外部に頼らず、地域の経済システムを構築する先駆的な試みやったそうです。
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当時の人たちの情熱に負けんとこうと、僕も週末に柳原銀行の隣で行われた、「柳原フォーラム」っていう勉強会に参加してまして。そこで出てきたアイディアは「地域通貨」をつくろうってことなんです。この地域だけに流通しているお金。名前は「仁」です。昔、このあたりの地名だった崇仁からもらいました。
地域通貨「仁」の参加者は、日本円を払って「仁」を手に入れます。「仁」を支払うと、「手相を見て」もらったり、「肩をもんで」もらったり、「車椅子を押して」もらったり、「代わりに買い物に行って」もらったりできます。ちなみに、僕に仁を支払うと、「空手を教えて」もらえます。
つまり、近所の人へのちょっとした頼みごとを気楽にできるようにして、地域の経済、そしてご近所との交流を活性化させるという試みなんですわ。いままで貨幣価値を見出せなかった「肩もみ」のような事柄も評価されるわけです。
この町の資料館に行くと「砂持ち」ってキャプションに書いてある写真を見ることができます。たくさんの老若男女が写っていて、鴨川から砂をはこんでいる。小学校などを建てるときに、地元の人たちみんなで協力しあっていた証拠写真です。
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当時は人々の結束力があったけど、お金がなかった。いまはその逆で、お金はあるけど、あるがために、お金が力を持ちすぎたがために、人間関係が希薄になっている。「仁」の取り組みが広がれば、もう一度あのころのような温かいふれあいのある暮らしが取り戻せるかもしれないって期待しています。
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