85 床で披露! 素人漫才 【にしゃんた こらむ】
京都の夏の風物詩といえば床(ユカ)。この時期、御池~四条間は床でびっしりですわ。床では、梅肉をつけたハモを食べる。ハモなんか、骨が多くて食べられへんかってんけど、食糧確保で苦労していた京都の人が、ハモの骨切り技術を発明したことによって、全国のハモが京都に集中。そんで、京都の名物になったんですって。
昔の僕にとっては、床は、鴨川沿いを歩きながら見上げるものやった。っていうか、ほとんど関心なくてね。むしろ、川辺に等間隔で座っているカップルにばかり目がいってましたわ。大人になってからは、年に少なくとも一回は床に行きます。床からカップルを見下ろしてますわ。まぁ、どっちにしてもうらやましいという気持ちはかわらへんけど。
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僕の大事な知り合い、ジェフ・バーグランドさん。大学の教授にして、テレビでも活躍中のタレントです。僕にとって、日本で活躍しているジェフさんの存在はすごく大きい。僕が生まれた1969年に日本に来て、以来ずっと日本にいはるんです。同じ京都在住っていうのもあって、ものすごい親近感を一方的に抱いていた。話し方がとても上手で、すぐに聞く人を引き込んでしまう。いまから7年前のある日、ジェフさんの講演に履歴書を用意して言った僕は、質疑応答の時間に、「弟子にしてください!」って大声で頼んでしまったこともありました。
2週間ぐらい前、そんなジェフさんから電話がありました。
「にしゃんた君遊びにこない?」
「行きます!」
師匠からのお誘いを断る弟子はいない。
「にしゃんた君、ふたりで漫才やらへん?」
「……ぜひ。光栄です」
実は、ジェフさんが知り合いに漫才をやってほしいって頼まれて、台本までもらったらしい。でもその漫才は、あまり気に食わへんってことで「ネタから僕らで考えたいねん」って言うんです。「今度、床開きをやるから、そこで披露しましょう」ってことになりました。そうです。ジェフさんは「マイ床」を持ってはるんです。
まずは、コンビ名から。
「リアル・オセロにしようか?」
「いいですね。しょっぱなから冴えてますね!」
「ほんまもんの白人、ジェフです!」
「ほんまもんの黒人、にしゃんたです!」
「二人合わせてリアル・オセロでーす!」
って具合に始まるわけです。
素晴らしい出だしや!と思い、早速ジェフさんの奥さんの薫さんに聞いてもらうと、「そんな言い方、ちょっとお下品やさかい、おやめなさい」。ふたりそろって、「は~い」。
落ち込んでいるヒマなどありません。コンビ名は、ふたりとも町家に住んでいることから「町家ボーイズ」ってことになりました。
ネタ合わせも早い。3回ほどで、すっと頭に入りました。だって、実際にジェフさんと僕が日本に来て経験した異文化体験がメインやから。
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そっそく、床開き当日。夕方6時ぐらいになると、お客さんがぞろぞろと。ジェフさんの交友関係の広さを物語る、そうそうたるメンバーです。知事さんに、芸能関係者。道端では歩いていないような可愛らしい女の子。なんと、現役アイドルの方々でした。
みんながほろ酔い気分。僕は、アイドルのところに入って楽しく盛り上がっていた。毎日がこんなんだと良いのにねぇと浮かれていた僕を現実に戻してくれたのは、ジェフさんの一言です。
「漫才やるでー」
いよいよスタートです。
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J:町屋に住んでいるジェフ・バーグランドです。
N:同じく、町屋に住んでいるにしゃんたです。
JN:ふたり合わせてあわせて、「町屋ボーイズ」!
J:にしゃんた、いまのボーイズの発音、おかしいで!
N:そりゃそうですよ。僕にとっては、英語も外国語やもん。
J:外国人って、みんな英語を喋るんと違うの?
N:あんた、日本にいすぎでっせ。そう思っているのは日本人ぐらいなもんや。
J:漫才やから、大げさに言わなおもろないやろ!
N:計算やったんかいな。ちなみに僕の母語はシンハラ語です。
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J:いやー、勉強になりますねぇ。勉強ついでに、ここでもうひとつ。「外人」と言わず、「外国人」って言ってくださいね。
N:放送禁止用語ですよね。だからテレビ・ラジオで使ってませんね。
J:そうやでー。
N:ジェフさん「外人」って言われて気にしはりますか?
J:個人的には良いけど、気を悪くする人いるよ。にしゃんたは?
N:「外国人」っていうより、日本に入ってきた時に空港にでかでかと「Alien」って書いてあったのを見たときは、びっくりしましたね。
J:うん。エイリアンって、他所の星から来た怪獣のイメージでしょう。
N:そうですよね。ジェフさんは、日本に来たときに驚きはなかったですか。
J:それは、すごいカルチャーショックやった。生活習慣も、食べ物も、言葉も何もかも違った。でも経済的に余裕があったからお金の不安はなかった。
N:ええ! 金持ちやったんですか?
J:そうでもないけど、35年前って、1ドル360円の時代。最初の1年で280円に下がって、この前、100円切って、いまは110円程度ですね。
N:学生やったんでしょう。
J:親から月に100ドルもらってた。それを日本円に換えると3万6千円。それで、食事代と家賃で1万円を大家さんに払うでしょ。あとは、僕の遊ぶお金。当時のサラリーマンの初年給が4万5千円。その半分が僕のお小遣いですわ。余裕やった。
N:リッチですねー
J:にしゃんたは?
N:全然違う!
J:でもにしゃんたも留学やったやろ?
N:日本に来てはじめの学費が9万円やったけど、スリランカからもってきたのは、親が家を担保にしてつくってくれた7万円だけ。学費も払えへん。
J:それでどうしたん?
N:英語の先生になった。
J:うそやろ? できへんやん。
N:はい。嘘です。
J:本当は?
N:雄琴で、旅館の布団敷きでした。アベックが入れ替わり立ち代り……結構なアルバイト料になって。
J:へええ。
N:学費は払えたんですけどね。人の倍は働きましたよ。
J:僕も人の倍は勉強した。
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N:いろんなことを経験したんだけれども、異文化体験というものも、日本の生活が長くなると、なくなるものですよね。
J:にしゃんた君は、どれぐらい日本に住んでいるの?
N:僕は、18年。ジェフさんは?
J:僕は、36年です。
N:倍ですね
N:僕が住んでいる家が、80歳です。ジェフさんは?
J:160年。
JN:これまた倍ですね。
J:でも何もかも倍と違うよー。おなかの大きさとか。
N:でも間違いなく、二倍はしゃべっていす。
JN:それでは、みなさん…バイバイ。
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最後にオーディエンスを代表して、僕らの漫才を評価してもらいました。
「桂南光さん、お願いします」
「内容はすばらしかったです。120点ですわ」
「漫才的には?」
「……20点ぐらい」
さいごにきちんとオトしてくれはりました。
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