「民 際」 と 「共 生」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

86 経済学の授業で風呂敷を追っかけた 【にしゃんた こらむ】

アジアについて語るのは大いに結構やねんけども、僕たちはひとつ忘れものをしているんちゃうかなって思うときがある。そのアジアには、日本が入ってないんちゃうかってことですわ。できたら、僕の経済学の授業中に、日本のことも勉強したい。そんなちょっとした閃きで、学生への説得が始まりました。

みなさん。僕は故郷のスリランカで、日本のテレビドラマ「おしん」を見て、日本という国にあこがれたんです(まぁ、最近の学生はおしんなんて知らんコの方が多いけど)。とにかく、そのときの日本が好きで好きで、それで日本まで来てもうてんけど、実際に住んでみると僕があこがれた古き良き日本のことを、だれもが忘れかけてた。欧米化しようと必死でしたわ。

何で日本人やのに、日本のことを知らんのや。残念でした。でも、よく考えると、僕も古き良きスリランカのことを、ほとんど知らんかったんですわ。これって、悲しいですよね。そこで、ひとつ提案ですが、僕と一緒にみんなで手分けをして、日本で最近見られなくなったものを探して、いろいろ考えてみませんか──
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学生は意外に乗り気やった。「僕たちも受験勉強でそんなんを考える機会がなかった。ぜひ調べてみたいです」。……うれしい限りです。

「じゃあ調べたものについて、500字ぐらいでまとめてみましょう。日本にいつごろから存在しているのか。日本人にとって、それがどういう意味を持っていたのか。そこに隠れている日本人の心を探してみましょう。僕も早速、何か探してみます」

京都に住んでてよかったと思います。伝統産業を探したら、必ず見つかりますからね。いろいろ歩き回って、僕が興味を引かれたのが、「風呂敷」ですわ。

風呂敷を売っているお店に行って、商品を見ることに。応対してくれていた女性の方は、カンが鋭かった。
 
「勉強かなにかですか?」
「はい」
「お時間ありますか?」
「はい」
「詳しい人間がおりますので、連れてきますね」

そう言って奥のほうへ。しばらくするとダンディーなおっちゃんが現れる。

「竹村です」 

僕ってほんまにラッキーやなとおもいますわ。竹村さんは、風呂敷の知識にかけては日本一といわれるような人でした。

「風呂敷は、何も日本だけのものやあらしません。中近東がその始まりと言われています。風呂敷のような一枚の布を使うことが、いろんな世界の国で見られます。近所では、モンゴルでも、中国でも、韓国でも、使われています。でも少し使い方が違いますね。たとえば、韓国では、風呂敷を袋状にして壁につるし、余分な荷物を入れて保管します」

へえー。僕はただただ感心するだけ。目的も忘れて「一枚いくらですか?」なんて素朴な質問もしてしまう。それでも、竹村さんはイヤな顔ひとつせず、

「私は、この会社で3代の社長について働いてきていますが、君のような人が来て、こんなに一生懸命質問してくれるのは初めてだ。しかも外国から」
って言ってくれはりました。

「日本は農耕民族なので、生活となると同じことの繰り返しです。それに、農業は共同作業が大事ですね。風呂敷は、汚れを清らかにしているという表現、物を清めて差し上げる、清浄な物であるという印としての意味も持っているんですわ」

そんな話を感心しながら聞いていると、気がついたらなんとお店が閉まる時間をとっくに過ぎてました。でもでも、僕はまだまだ聞き足らない。いっぽうで、竹村さんも、まだまだ伝えたりない様子。その後は、躊躇している僕を見て、竹村さんが通いつけのお店に連れて行ってくれはりました。ビールにウィスキーを飲みながら、その日は気がついたら夜の2時ぐらいまで飲んでいた。フィールドワーカーとしての鉄則のひとつに、忘れる前に書けってことがある。でもこの日、伝えてもらったことは、酒を飲んでもそうそう頭から消えるものではなかったです。職人の魂、心構えを教えてもらった。竹村さんは最後に、ひとつ僕に指令を下しました。

「正倉院に行きなさい。そこにある風呂敷を見なさい」

あくる日。古い風呂敷がある奈良の正倉院に出かけました。聖武天皇の遺愛の品をはじめ、東大寺に伝わった宝物を納める宝庫です。

近くにいた管理人風の方を見つけて「すみません! 古い風呂敷があるって聞いて来たんですけれども、このなかに入っているんですよね」
「最近まではこのなかに保存してしていたんだけれども、いまは温度調整のできる近代的な蔵に保管しています」
「なんで? どうして?」
「最近この近所で高速道路ができて、排気ガスで保管している品が汚れるようになったからです」
「え!」
「いままで、100年かけて汚れたであろう分量が、1年で汚れるようになりました」
なんだか声が怒り気味です。

結局、保管されている「風呂敷の写真」の写真を撮らせて頂きました。日本でいちばん古いとされている風呂敷の写真ですわ。もっと古い風呂敷がたくさんあったらしいんやけど、火災や戦災でみんななくなって、正倉院にあるものがいまではいちばん古いって言われてます。竹村さんは、きっと風呂敷だけではなく、日本の知恵がなくなりかけている、その現実もあわせて見せたかったんじゃないかなと思いました。

京都に帰る電車のなか。隣に座った方に声をかけられました。いつもあることで、いわば、僕の特権のひとつです。

「日本語しゃべりますか? 旅行ですか?」
「京都に住んでます。ちょっと奈良までいったんですよ」
「大仏さん?」
「その近所の正倉院です」
「何をしに行ったんですか」
「風呂敷に隠れた日本の心を探しているんですよ」
「面白い人ですね。日本人は日本の文化をもっと良く知らないといけないですわ。貴方さんのような外人さんが興味持っていて日本人は知らん顔しているって本当に残念です」

そして、ひとつの話をしてくれました。
「おんぶ紐って知っていますか」
「は、はい。スリランカで見た『おしん』が使ってました」
「背中に子供を背負うおんぶ紐が、昔日本にありましてん」
「はい」
「仕事をしているお母さんの背中で、子供がお母さんのぬくもりを感じながら、育ったものですわ。それが戦後、アメリカが良くないって言い出してね。アメリカに従って、日本人はおんぶ紐を使うことをやめたんです。それに代わって、アメリカで開発された、おなかに子供を抱えるおんぶ装具を使うようになった。でもこれ、お母さんが転んだりした場合、非常に危ないでしょ」
「分かります」
「それに、前に子供を抱えると、仕事がしにくい。そんなこんなあって、最近では、アメリカで開発された背中に子供を背負う『おんぶ装具』が使われてるんです。そんな遠まわり、ほんまに意味なかったわ」

アフリカ出身の連れが、年配の人がひとり亡くなるってことは、ひとつの図書館がなくなるのと同じやって言うてたのを思い出した。

そして、僕の僕の短くて濃厚なフィールドワークが終わりました。

いよいよ発表の日。学生ががんばっていろんな物を調べてきてくれた。そしてみんなの前で発表してくれた。
水引に、獅子落し、褌(ふんどし)に、松竹梅。畳に、達磨落し、そして、折り紙。花火に、しめ縄に、簪。狸に、神棚に、仏壇、扇子やら、面子、などなど。ほんまにいろんな物があります。

「最後、にしゃんた先生の番」
「僕は風呂敷について調べてきました」
「どうぞ」

風呂敷という言葉が、日本の歴史に登場するのは1616年。徳川家康の「駿府(すんぷ)御分物御道具帖」のなかにある「こくら木綿風呂敷」という記述が最初であるとされます。

そして、日本での最も古い実在する風呂敷は、奈良の正倉院に「つつみ」という名で保管されています。風呂敷の名前の起こりは、その文字どおり、お風呂です。

当時のお風呂は蒸風呂で、浴衣を着て入る蒸気浴が普通でした。 そして、お風呂に敷いて使ったり、脱いだ着物を、包み布、つまり風呂敷で包んで、もち帰ることが常でした。 風呂敷が庶民の間に定着するのは、銭湯が発達する江戸時代だとされています。

大きさもさまざまで、小さいものだと幅45・、大きいもので2m以上のものもあります。素材も絹、綿、麻など用途によって使い分けています。何の変哲もない四角い布ですが、その使い方は実に万能です。運ぶ、収める、まとめる、掛ける、敷く、そして拭きものとしての機能をもかね備えています。

風呂敷のいちばん大きな役割は大切なものを包むことです。包むという漢字をご覧ください。これは母親の胎内に子供が宿っている状態を表しています。包むという行為には、ものを大切に、慈(いつく)しむといった日本人の深い心が投影されているのではないでしょうか。

僕の発表が終わりました。最後に平包み、隠し包み、瓶包みなど、風呂敷のいくつか結び方をも紹介。学生はこれもまた新鮮に喜んでくれました。

身近なものに対する見方が、僕たちのなかで少し変わったような気がします。学生たちの発表は短いものやったけど、言葉で言い表せないような、いちばん身近なアジアの経済を学んでいるに違いない。僕がそうだったと同じように。

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