93 もう一つの図書館 【にしゃんた こらむ】
僕は教員になったら、学生さんみんなの名前を覚えたいと思っていた。でも僕の講義は大学でも一番学生が多く、その考えを断念せざるを得なかった。でも、この二人に関しては違う。それは七十五歳の山本豊さんと六十五歳の高山富士人さんです。見た目はお若いのですが、二人は社会人入試に合格して、一緒に勉強している仲間なんです。
教室には一番乗りで、最前列に座って講義を受ける。僕が教室に入ってくるなり、会釈しながら大きい声で挨拶してくださる。そして講義中も手を一番多く上げて質問もたいへん多いです。
僕や周りの学生は二人と仲良くしていても、なぜ大学生をやっているか誰も知らない。そこで、僕の講義時間を使って、それぞれが歩んできた人生を語ってほしいとお願いしました。二人は少し照れくさそうにしながらも満面笑みで承諾してくれました。
山本さんは戦時中に食べるものもなくて苦労し、子供時分に重病を患ったこともあって勉学を断念しました。それからは万年筆に惚れ込んで文房具屋さんを営んだり、保険業の仕事をしたりして子どもさんを立派に育てたそうです。
高山さんは、お父さんの故郷が富士山のふもとであることから富士人と付けられた名前だそうです。でも、山とは無縁の海の上で四十年間過ごした。近くの港に来る船に魅せられて船長になりたいと思ったらしい。
その夢の実現には商船学校に行かないといけない。しかし、当時は食べることすらままならなかった。やがて小さな漁船で働くようになり、寝る間を惜しんで猛勉強し、最後は大きな船の船長にまで出世したそうです。
二人の若い時の写真を見せてもらったが、本当にハンサムで、すごくもてただろうなと思います。波乱万丈の人生を歩んできたのですけど、ともに中学しか卒業できなかったことが心に引っかかっていたそうです。学校に行きたいという夢をかなえたくて定時制高校を卒業し、うちの大学に入学されたのです。
この講義をきっかけに、二人は今まで以上に学生たちに囲まれています。一生懸命に生きること、夢をあきらめないことが人のためになることを教えてくれているようです。スリランカでは2%程度だが、日本は二人に一人は大学へ進むすごく恵まれている国だと思う。でも意外と、大学で学べる幸せをかみ締めている人が少ない。
これからは、社会人学生が増えてきてほしい。その時こそ大学が一番大学らしくなると思います。年配の方から学ぶことが多いという意味で、スリランカでは一つの図書館に例えたりします。二人がいるから、学生はもちろん、僕もいつも良い意味の緊張感を持って講義に臨んでいます。
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