「民 際」 と 「共 生」 な 眼 で 世 界 の 中 の 日 本 に 思 い を は せ て ・・・

にしゃんたの講演テーマ:概要 [にしゃんた 講演]

下記は 私、J.A.T.D.にしゃんたが現在まで行った講演の演題(の一部)です。
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1. 【 にしゃんたのおもしろ日本(京都)滞在記 】

日本に向かう飛行機に乗ってすぐ、乗客乗務員がおいしそうな春巻きを一つずつ配って廻っていた。食べ盛りの15歳、貰うなりぱくって口の中に。しかし、想像していた物とは少し違う食感じゃないか。硬い!周りの人たちも苦労しているに違いない。この手の春巻きを食べるコツを教えてもらおうと周りを見渡すとなんと皆が春巻きを広げて顔拭いているのではないか。そうです、「おしぼり」だったのです。食べてもおかしくなかった。だって、生まれ育ったスリランカには、おしぼりなどはなかった。「おしぼり事件」からスタートした僕の日本日記。長く日本に滞在してもいまでも毎日がおもしろ発見で一杯です。僕の日本日記を共有しませんか。

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2. 【 にしゃんた東方見聞録 】

スリランカの昔の名前がセイロンという。セイロンはセランディプティー(予期せぬ発見)って言葉が訛って出来ている。その国で生まれて育っていた15年、もっていた日本のイメージは「折紙の国」であり、「ブルースリーの国(勘違い)」であり、「おしんの国」であった。実際の日本に来てみた日本は、僕にとってはセランディプティ-でしかなかった。スリランカの有名なビスケットに描いてあった日本の桜は(今から考えると)どう見てもチューリップでして、日本の桜は言葉で言い表せないぐらいすばらしかった。4度目の放送を見ながらおしんに憧れているスリランカ人には説明しにくいですが、彼女は1901年生まれで、今の日本ではなかった。等など・・・二つの予期せぬ発見の島をそれぞれ人生半分暮らし、行き来し僕が発見した日本のすばらしさお話をしたい。

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3. 【 留学生が愛した国・日本 】

かつての中曽根総理が2000年までに留学生を10万人まで増やすとの発表がった。現在では、9万人近くの留学生が日本にいる。国にいる父親に話を聞くと、昔の日本は、奨学金を出されても向かう人など見つからなかったらしい。時代が過ぎ、経済大国になった日本の経済発展の秘訣を学びに、たくさんの留学生と一緒に、僕は片道切符と七万円を手に憧れの日本にやってきまた。周りの日本人に支えられ、僕は、立命館大学を総代で卒業した。ところが、就職活動のとき、希望した国際化と名の付く組織全てから国籍条項を理由に就職を断られたこともあった。でも気がついたらいつの間にか、大学の教員、経済学の博士になっている自分がいる。15年間、留学生の目に映った日本はどんな国なのか。私が見た、日本の良いところと日本の悪いところを含めて話をしたい。

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4. 【 国際交流はもう古い。急げ!民際交流と多文化共生 】

僕ははじめて国際交流の集いに参加したのは、来日わずか2日目であった。美味しい酒を飲めて、チヤホヤされて帰りは手土産までもらえる。「日本は外国人にとって天国?」は日本の当初に印象でした。今も週末にもなれば国際交流の誘いが欠くことはない。その僕は、京都の東九条との出会った。4人に1人が外国人で、京都市内で一番国際化された町だった。バラック小屋に住み、子供返りをして日本語もしゃべれない老婆との出会った。日本に夢を抱き、日本のために生涯を捧げ孤独に死を待っていた。彼女などは、国際交流の場に招かれることもなければ、ほとんどの人がその現実知ろうとしていない。「国際化」や「国際交流」という言葉が流行して久しいが、国際交流とは何か。もしかして日本の国際化は偏っているのはないか。日本の国際化活動は多数派本位で展開されているのではないか。華やかな国際交流に隠れたもう一つの国際化の現実があるのではないかを語りたい。

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5. 【 豊かなアジア貧しい日本―心の豊かさを求めて 】

スリランカの同年代と交流を行うっているという日本の小学校に招かれた。鉛筆やらを送る等スリランカに対して援助を行っているという内容の報告を聞かされた。あまりにも一方的にスリランカに対してしてもらってばっかりで申し訳なく思えてきて「貴方達は何かをスリランカから得ましたか」素朴な疑問をしてしまった。「……」小学生には、何かを得られるかもとの発想はなかったようだった。小学生に限らず、一般的な日本人が発展途上国に対しての姿勢であろう。国内総生産(GDP)の数字の判断で語られる豊かさに問題もあるのではないか。「スリランカにはシルバーシートはないです・・・」との話を聞いたほとんどの日本人の方は、スリランカに日本のこの優れたシステムを紹介したがる。今の日本に必要なのは、決め付けなくても席を譲れている発展途上国スリランカに学ぶことなのではないだろうか。心の豊かな日本を再び取戻すためにも。

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6. 【 津波から学ぶースリランカから日本へのことづけ 】

2004年12月26日。世界最大の自然災害が起きた。インド洋大津波である。「津波」という言葉が日本語でありながら、どのようなものかを体験した日本人が少ない。被害国の一つにスリランカがある。スリランカでは津波は1200年ぶりである。被災地を2000kmをも車を走らせ、数百人にインタビューを行なった。津波がたくさんの事柄を私たちに教えてくれた。被災地の人々は、自然保護の大切さや信仰心の大切さ叫ばれるようになっている。一匹も動物は死んでいないのはなぜか。動物から人間が学ぶべきことがあるのではないか。近い将来津波被害が心配されている日本に親日スリランカ人からのことづけをもってきました。津波とは、どのようにやってくるのか。人々の生死の分かれ目は何だったのか。津波から自分の身を守るための智恵は何か。国際協力のあり方はいかなるものか等など。津波がやってくる瞬間の迫力ある映像資料をふくむ多角的に津波そのものそしてその後を捉えた映像資料を交えてお話を行ないます。

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7. 【 脱亜入欧」から「脱欧入亜」時代へ 】

最近までの日本の紙幣に登場する人物、福沢諭吉を全て日本に西欧文明を紹介した人たちであった。日本人は、そんなところでも無意識の内に脱亜入欧の精神に触れているのではないでしょうか。さらに、西欧から日本人が学んだ学問をアジアに教える中間的な役回りを一役買っている。恋憧れた日本のことが教えてほしいのに、意地でも教えてやろうする人は少なかった。日本語の素晴らしさを忘れて英語を学びに忙しい日本人や、西欧のブランド買いに異常な値段を支払う日本人で周りが埋め尽くされていた。着物を着たくて、助けを求めても、着せられる日本人が驚くほど少ない。京都の町屋に住み、京都の町に住む伝統産業にかかわっている巧みの方に日本の「もの」の精神性を教えてもらいました。「風呂敷」、「水引」や「下駄」等などもつ、日本人の忘れ物について僕と一緒に話してみませんか。脱欧入亜が日本のあらゆる問題の解決の糸口である。

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8. 【 武士道と日本の子育て 】

京都の八幡神宮に行くと、大きな石碑に出くわす。20世紀の最大の発明家であった、トーマスエディソンの名文句「1%の閃きと99%努力」がそこに書かれている。ここ八幡山は、彼の発明の中でも大きい、白熱灯が成功した最初のフィラメントの材料になった竹を手に入れた場所である。彼は大の日本贔屓であったことが意外と知られていない。その彼を日本の虜にしたのは一冊の本。著者は、少し前の五千円札に登場した新渡戸稲造であった。西欧の道徳形成は、キリスト教育が担うのに対し、日本は場合のそれは、本のタイトルにもなっていた「武士道」であると新渡戸が述べている。人を大事にし、世の中に貢献をするという武士道の心とは何かを考えたい。近年、日本で子供が起こした問題に、責任の擦り付けが常識化している。もともと、親、教員そして地域の連携で子育てをするもの、日本の武士道や他の国の状況を交えてお話をしたい。

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9. 【 日本が「人権は三流だ」って言われるゆえん 】

人間は生まれてきて人間らしく生きて言うことを希望します。誰もが幸せになりたいと思うのは、人間である以上の本能であり、国籍や肌の色によって違いはない。日本は、外国人であるがゆえに幸せになるまたは人間らしく生活を営む可能性を妨げる事柄が複雑に絡み合って存在している社会です。日本の外国人の人権が侵害される社会構造についての個人の実体験、そして、多文化社会日本をたくさん歩き、たくさん見、外国人の話に耳を傾け聞きし、感じた、国際化日本の人権について語ります。日本が素敵な国であり続けるよう思いをこめて・・・

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