メッセージ・コラムなど
たくさんの方に、誕生日と祝っていただき本当にありがとうございました。
ほんとうに嬉しいです。
41歳になりました。あっという間です。
今年は、厄年本厄ですが、みなさんのおかげさまで順調です。
これからも皆さんのご縁の中で、生き、生かされたい。
たくさんの方にお会いし、志のある活動や楽しいことたくさんに関らせていただきたい。
社会人として、世の中から求められ、役に立つ人間であり続けたい。
そのためにもこれからも日々精進したい。精神的にも肉体的にも若々しくあり続けたい。
仲間とともに、毎日が楽しく充実した日を過ごさせて頂きたい。
母曰く、私が産まれたのは7月の17日だそうです。聖夜って言う意味から「にしゃんた」という名前を付けてくれたそうです。スリランカのキャンディーで生まれたのですが、その当時のスリランカでの登録がそれほど厳密ではなく、誕生日の登録は18日になったそうです。周りの友人にもいつもどっちかにはっきりしなさいと怒こられます。
皆さんにはご迷惑おかけいたして申し訳なく思います。お許しを頂きましたら2日かけてゆっくり誕生日を過ごすのも楽しいものだなとも思ったりも致します。わがままを言うようですが、これからも気になさらすに思い出しましたら、おめでとうって言ってやっていただけたら嬉しいです。
私の周りの誕生日のお祝いは17日と18日だけではありません。19日も入っているのです。長男の「獅朗」は19日に産まれたのです。そしてこんな私も父になった嬉しい日であります。それにしても、獅朗はなんで予定日だった、私の誕生日と同じ日を一日ずらして産まれたのかなと思います。本人に聞いてみたいものです。まだ「パイパイ」や「変身」という言葉しかしゃべれないが、しゃべれるようになったら「同じ日はいやだったからに決まっているでしょう」と言われるのが怖いです。
親やご先祖、そして子孫や皆さんに感謝しながら、年に一回の誕生日を時間が許す限り3日間かけて祝いたいものです。これからもよろしくお願いいたします。
41歳の誕生日 にしゃんた 拝
2009年は、いよいよ今日は最終日となりました。今年もいろんなことがありましが、個人としては学びが実りの多い一年でありました。おかげさまで、楽しく過ごさせていただきました。
本年も、たくさんの方にお世話になりました。講演、テレビやラジオのお仕事や落語を通してはもちろん日ごろの生活の中でもたくさんの素敵な出会いやご縁にめぐり合えました。
たくさんの場所に行かせて頂き、日本の地域ごとの個性や温かみに触れられた一年でした。たくさんの方の仲でお仕事をさせて頂きました。今年も、生かされているだということを実感する一年でありました。
私生活では、今年は、実家から両親を日本に呼んで来ることも出来ました。想像でしかなかった日本の姿や倅が恵まれた人間関係の中で生活をさせて頂いている事を見れて安心している様子でした。みなさんのおかげで親孝行らしきことも出来たかと思います。
本年も、ほんとうにありがとうございました。心より感謝を申し上げます。どうかよいお年をお迎えくださいませ。
にしゃんた 拝
実家の母から朝一の「おめでとう!」の電話で起こされました。スリランカは三時間遅れて進むからよっぽど早く起きたのだと思います。この年齢になって何となく、親の気持ちが解るようになったような気が致します。
たくさんの方に、祝福して頂きました。本当にありがとうございます。
日本の男子平均年齢のちょうど半ばです。1年が経つのがこんなに早いのかと驚くばかりです。今までの間一生懸命に生きてきただろうかと自問自答します。まだまだ利己主義な自分がいると感じています。そのことが自分の生きるべく道を邪魔されていると感じます。
大変な後始末が残っていますが、25間続いたスリランカの武力闘争もしばらく前に一先ず落ち着きました。この戦争でたくさんの学友が命を落としました。私が、スリランカに残ったら間違いなく死んでいたに違いない。何のために生き残り、何のために日本とご縁を頂き、国籍をも頂いたのかだろうか。
正直今でも何のために生きているのか、答えを探します。早くに生きる目的が見つかればどれ程楽なのだろうかと思うこともあります。
友人が言っていたことを思い出します。「死に方が決まれば、生き方が決まると...」日本で骨を埋めるという決意は出来ています。生まれ故郷に帰るのにビザが求められようになり少し不思議さを覚えます。
いつの日かは、この地の土になるでしょう。一先ず、アイバンクも臓器バンクも登録も済みました。定期的に献血もさせていただいており、1日所長のような名誉な機会にも恵まれ、光栄に思っています。
大げさに感じるでしょうが、他に適切な言葉が見つからないのであえて使うと、自分自身の魂の生かし方が見えてきたような気がします。昨日も恒例の「無言参り」を胸の内を唱えながら家と八坂のお旅所を往復しました。
今まで以上に、己を捨てる覚悟で高い志をもち、引き続き皆様ご縁に生かされて、この地でしっかり生きていきたいです。
これからも、暖かいご支援ご鞭撻のほどよろしく御願い致します。
The civil war in Sri Lanka and Japan's role for its solution
● 『共生を求められる日本の国際化の課題』 : スリランカから帰化した者の民際的な視点で
Resent Issues of Japanese Internationalization : From the point of view of a naturalized foreigner
● 『TSUNAMI現場から日本へことづけ』 : 在日の被災地出身者の走り書き記録
A message from the TSUNAMI : A scribbled memoir on Japan's connection to the stricken area
● 海外における日本的労務管理 : スリランカのノリタケ・ランカ社を事例に
Japanese-Style Human Resource Management in Sri Lanka : The Case study of Noritake Lanka (Pvt.) Ltd.
● 経営の国際比較 : スリランカを中心に Comparative Studies of International Management : The Case of Management Culture in Sri Lanka
● Japanese-Style Human Resource Management in Sri Lanka : The Case Study of Usui Lanka (Pvt.) Ltd.
<Arlicles> Employees Consciousness of the JapaneseCompanises in Sri lanka
● Comparative Studies of International Management
--The Case of Management Culture in Sri Lanka
● Liberalization and FDI in a Small Developing Country
● 「真の支援 人材育成急の」 2006年1月17日 『中国新聞』
● 「被災地に温もり伝える」 2006年1月24日 『中国新聞』
● 「心豊かな学問教えたい」 2006年1月31日 『中国新聞』
● 「こころもからだもぽっかぽか」 2006年2月7日 『中国新聞』
● 「挨拶は暮らしの潤滑油」 2006年2月14日 『中国新聞』
● 「学べる幸せかみしめて」 2006年2月21日 『中国新聞』
● 「手に持たぬ美学 和の心」 2006年2月28日 『中国新聞』
● 「会話弾めば心にも栄養」 2006年3月7日 『中国新聞』
● 「国渡り歩く若人を応援」 2006年3月14日 『中国新聞』
● 「異郷学ぶ絶好の教科書」 2006年3月28日 『中国新聞』
● 「平仮名表記で問題提起」 2006年4月4日 『中国新聞』
● 「くせで再認識する己」 2006年4月11日 『中国新聞』
● 「愛情感じ違いを楽しむ」 2006年4月18日 『中国新聞』
● 「心豊かな母国では不要」 2006年4月25日 『中国新聞』
● 「歴史に埋もれた[功績]」 2006年5月2日『中国新聞』
● 「若者よ世界へと羽ばたけ」 2006年5月9日『中国新聞』